登美彦氏、編集者と密談を行う


 森見登美彦氏は、東京からやってきた編集者二名と密談した模様である。
 うち一名は初対面であったため、氏は常日頃のいかなる高飛車な乙女のハートをも鷲づかみして放さない融通無碍な語りを発揮せずに終わった。氏は初対面の人をわけへだてなく苦手とする。氏は同じ釜の飯を半年以上喰った人物でないと胸襟を開かない。かくも厳密なおともだちルールを持つために、氏が胸襟を開く人物は、数えるほどしか存在しない。
 その会談によって、氏は2006年のすべての月に締切を持つという似非売れッ子的快挙を成し遂げた(どれだけちんまい分量でも、締切はすべて締切である―と氏は主張する)。
 「テトリスのごとく、全部揃った時点でワッと消えたら痛快であろう」と氏は述べた。「だが締切がぜんぶ消えたら、もう何をどうすればいいのか解らない。広大なる沃野の真ん中で立ちすくみ、不安にぷるぷる震えるばかりだ」


 不本意ながら、氏は知り合いの一部から「売れッ子」と呼ばれている。現実と相反するこのような呼称を、氏は表向き断固拒否する。しかし、裏ではこっそり御満悦であるというのが大方の見解である。