森見登美彦氏は竹林をさまよっている。
竹林をさまよいながら、
「今年もたいへんな一年になるだろう」
と考えている。
いささか賢人チックに見えないこともない。
すべて計算である。
登美彦氏は経済にくわしいとは言えない。
それでも世の中が暗い感じになっていることは分かる。
「世界的に不景気なのだ」とマジメな顔で嘆くこともできる。
「りーまん兄弟」という二人組の名前さえ知っているのである。
でも知っていたからとて、何になるだろう。
登美彦氏は竹林をさまよいながら、
二○○九年があんまりたいへんな年にならないことを祈る。
「なむなむ」と。
あんまりたいへんな一年になると、
登美彦氏の息子たちが売れなくなるかもしれない。
なにしろ、登美彦氏の息子たちは、
「なんとなくオモチロイ」以外には何の御利益もない。
ときにはオモチロクない場合さえある始末だ。
言うまでもなく腹の足しにはならない。
ならば心の足しになるかといえば、
そんな保証はどこにもない。
「どうか二○○九年があんまりたいへんなことにならず、ようするに我が子たちが売れますように」
登美彦氏は祈っている。
そうやって登美彦氏がまことに利己的なことを堂々と祈っていると、
ゴウッと風が吹いた。
竹林が揺れた。
向こうのほうで何か光り輝くものがある。
登美彦氏がへっぴり腰で竹林の奥へ入っていくと、
一本の竹が神秘的な光を放っているではないか。
「まさか、かぐや姫ではあるまい…科学的にあり得ない」
登美彦氏も少しは科学的に考えることがある。
「…せいぜい小判だろう」
それも科学的にあり得ない。
しかし登美彦氏の貧弱な科学的脳みそは、めくるめく竹林黄金伝説のまえにやすやすとハードルを下げる。
「小判が竹から出てくれば、もう働く必要はあるまいぞ!」
登美彦氏は「黄金伝説!黄金伝説!」とかけ声をかけながら、
光り輝く竹を切った。
やがて光る竹は切り倒された。
登美彦氏がわくわくと覗き込むと、
「ふう!」と熱い息を吐きながら、締切次郎が出てきた。
そして登美彦氏をつぶらな瞳で見上げながら、
「さあ、仕事始めですよ!」
と、頬をぷるぷるさせて言った。