森見登美彦氏、新年を迎える。

 

 

謹賀新年

 

 

 新年というのはいいものである。

 なんだか身の引き締まるような感じがする。

 さっぱりと生まれ変わったような気分で、

 「今年こそは〇〇を成し遂げる!」

 と決意したくなる。

 身も蓋もないことを言うと、昨年できなかったことが今年ならできると考えるのはおかしい。今年できることなら昨年にもできたはずなのだ。しかしお正月というステキな時空においては、「成し遂げられるかどうか」なんて、実はどうでもよいことなのである。決意をあらたにすることによって魂をリフレッシュする――お正月の意義はそこにある。私たちは元旦の決意に具体的な成果を求めないようにしたい。そんなことをするから「三日坊主」の犠牲者が引きも切らず、人々は己を責め、無意味に傷つき、相争い、世相はすさんでいく一方なのだ。

 大切なのは成果ではない。気持ちである。心である。希望である。

 さて、本年の森見登美彦氏の抱負は次のとおりだ。

 「今年こそ『シャーロック・ホームズの凱旋』を完成させる」

 

 昨年末、森見登美彦氏は万城目学氏と上田誠氏と忘年会をした。一昨年はコロナに用心して中止としたので、久しぶりの集まりだった。

 その席上、登美彦氏はあらためて上田誠氏の猛烈な仕事ぶりに驚嘆した。

 登美彦氏の作品にかかわる仕事だけでも、上田誠氏は昨年の初夏に「夜は短し歩けよ乙女」の壮大な舞台を作り上げ、アニメ「四畳半タイムマシンブルース」の脚本を書き、それらとはべつの某作品の実写化脚本の仕上げまで手がけている。

 ちなみにこの実写化作品については、まだ公表してはならないと言われているので、原作のタイトルは明かせない。昨年末のクリスマス・イヴ頃、四条河原町交差点付近で少しだけ撮影も行われたらしく、本格的な撮影はこの一月から始まる予定である。今後もエキストラの募集があるそうなので、興味のある方はアンテナを張っておくといいだろう。タイトルをお伝えできないのが残念だが、まあ、そんなことはええじゃないか!

 とにかく2021年に上田誠氏の成し遂げたことは凄まじかった。このほかにテレビ番組やドラマ、そして劇団ヨーロッパ企画の本公演までも作り上げているのだ。

 「今さら上田誠氏との力量の差を比べて落ちこむほど未熟ではないが……いや、しかし……これでは俺があまりにものんびり屋……!」

 二軒目のバー「ノスタルジア」で登美彦氏が屈託していると、万城目学氏が登美彦氏のtwitterについて喋りだした。

 「あのときどき流れてくるペンギンの絵、何なん?」

 「あれは『コウペンちゃん』ですよ」

 「なんやそれ」

 「知らないんですか、コウペンちゃんを!」

 登美彦氏もその妻もコウペンちゃんを愛しており、コウペンちゃんは森見家の平和の礎なのである。登美彦氏はコウペンちゃんについて説明した。ところが万城目氏はまったく興味がなさそうである。それどころか「僕はペンギンなんだペン!」などという安易なキャラづけをコウペンちゃんに押しつけだす始末なのだ。「まったくこの男は!」と登美彦氏は思った。『ヒトコブラクダ層ぜっと』について某賞の選評にtwitterで反撃したりするのは自由だが、コウペンちゃんを侮辱することは許されない。

 聞くところによると、万城目氏は今年も小説を出版するらしい。

 「上田誠氏はともかく」

 「この人にだけは負けたくない」

 久しぶりに登美彦氏はモチベーションの高まるのを感じたのである。

 ちなみに年が明けてから、万城目氏に「明けましておめでとうございます」とコウペンちゃんのLINEスタンプを送ると、彼からは次のような返事がきた。

 「今年もヨロシクだペン!」

 

 明けましておめでとうございます。

 本年も宜しくお願いいたします。

 

 

ヒトコブラクダ層ぜっと(上) (幻冬舎単行本)

 

ヒトコブラクダ層ぜっと(下)

 

 

 

『熱帯』(文春文庫) 9月1日発売

熱帯 (文春文庫)

 はやいもので単行本の『熱帯』が出版されてから千夜が経つ。

 というわけで『熱帯』が小型化される。

 いつも登美彦氏の言っていることだが、「大きなものと小さなものを揃えるのは紳士淑女のたしなみである」。田中達也氏による美しいカバーが(小さくなってしまったとはいえ)文庫版でも同じであるのが何よりも喜ばしい。近年まれに見るほどのギチギチに詰めこまれた活字は、この長大な作品をなんとか一冊におさめようという涙ぐましい努力の結果である。500ページを超える文庫本は分厚いステーキのようで、いかにも滋養がありそうだ。この作品の特殊な性質からして、二分冊にするなどという「甘え」は許されなかったのである。

 『熱帯』は登美彦氏自身もそうと認めざるを得ない問題作であり、賛否両論あったのも当然のことだろう。しかし成功するアテがあろうがなかろうが、小説家には敢えて問題作に挑まねばならぬときがある。こればかりはどうしようもない。しかしあまりにも『熱帯』が怪作になってしまったため、登美彦氏は今作を書き終えたあともその世界から脱出できず、いわばリハビリとして『四畳半タイムマシン・ブルース』を書いたようなところもあるのだった。そしてこの熱帯的世界からの本当の脱出は、次作『シャーロック・ホームズの凱旋』によってようやく成し遂げられる(はず)。こんな怪作を書くのは一生に一度でありたい。

 購入された方は特典として、登美彦氏による「わたしの熱帯」という文章を読むことができる(詳細は内山ユニコ氏のイラストに飾られたステキな帯を参照すべし)。この文章は、かつて登美彦氏が小説家の深緑野分氏に千里阪急ホテルの喫茶室で語った「夢の話」にもとづいている。その不思議な夢は『熱帯』の謎と通底しているような気がしてならないのだが、読者のみなさまはどう読まれるだろうか。

長尾真さんとの思い出

 

www.kyoto-u.ac.jp

 

 森見登美彦氏は大学院に在学中の2003年、『太陽の塔』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビューしたが、その年まで京都大学の総長だったのが長尾真氏である。といっても、四畳半アパートでモゾモゾしている腐れ大学生が総長と顔を合わせる機会は基本的にない。遠くからその姿をチラリと見ただけである。

 その後、登美彦氏が大学院を卒業し、国立国会図書館に就職して働いていると、長尾真氏が館長に就任することになった。まさか総長が館長に変身するとは!

 といっても、登美彦氏は関西館で働いていたので、館長と顔を合わせる機会はやはりなかった。いや、たしか一度だけ、長尾館長が関西館へ視察にやってきて、収集整理課の中を通り抜けていく姿を眺めたような気がするのだが、どうも記憶がボンヤリしているので、もしかすると館長の夢を見たのかもしれない。

 やがて登美彦氏は永田町の東京本館へ転勤し、死ぬほど忙しい二足の草鞋生活を一年半続けた後、ついに力尽きて退職することになった。

 2011年九月の末である。

 人事課の女性に連れられて、国会図書館の館長室へ、退職の挨拶に向かった。初めて足を踏み入れる館長室はびっくりするほど明るくて広々としていた。さすが館長!と登美彦氏は感心した。そこでようやく長尾真氏と言葉を交わすことになったわけだが、残念ながら何を話したのか、ほとんど記憶に残っていない。

 「森見さんは小説を書かれるのですか」

 長尾館長が少し困ったように言ったことだけはおぼえている。わざわざ安定した職を捨てて、「小説家になる!」などと言いだした若手職員の行く末を心配しているようであった。人事課の女性が「森見さんは売れっ子なんですよ」と言ってくれたが、そのような意見も今ひとつ効果がなく、長尾さんの心配そうな顔は変わらなかった。なんだか申し訳ない気持ちになって、登美彦氏は館長室をあとにしたのである。

 本日、長尾真氏の訃報に接して、十年前のそんな記憶がよみがえってきた。

 ご冥福をお祈りいたします。

超短編・大どんでん返し「新釈『蜘蛛の糸』」

www.shogakukan.co.jp

 小学館の文芸誌「STORY BOX」6月号(5月20日発売)に、「大どんでん返しspecial」第一回として、森見登美彦氏の超短編「新釈『蜘蛛の糸』」が掲載されている。芥川龍之介の有名な短編小説「蜘蛛の糸」を一度グイッと裏返し、さらにもう一度裏返したものである。

 これを「大どんでん返し」と言ってよいのだろうか?