森見登美彦氏、二条へ。

 劇団ヨーロッパ企画上田誠氏が次のような文章を書いている。

suumo.jp

 本日、三条大橋をぷらぷら歩いているとき、この記事のことが頭に浮かんだので、森見登美彦氏は「久しぶりに西へ足をのばそう」と思い立った。TOHOシネマズ二条で映画「海獣の子供」を観ようと考えたのである。

 地下鉄東西線の駅から地上へ出たあと、上映開始までは間があったので、ショッピングモールBiVi二条をうろうろした。

 「バッタリ上田誠さんに出くわしたりして♪」

 などと考えていたら、通りかかったカフェの片隅に、イヤに上田誠さん風の人物がおり、「何者だ?」と不審に思って近づいたところ、本物の上田誠氏であった。上田氏は奥様とならんで大きなテーブルに向かい、ヨーロッパ企画第39回公演「ギョエー!旧校舎の77不思議」の構想に頭を悩ませていたのである。

 「奇遇ですね」と言いたくなったが、考えてみればことさら奇遇というほど奇遇ではない。

 とりあえず映画が始まるまで自分が暇であるのをいいことに、登美彦氏はサンドイッチを食べながら世間話を無理強いして、上田氏の仕事を妨害したのであった。

 「街中でたまたま友人に出会うのは嬉しい」

 そして、

 「上田誠氏は記事のとおり二条にいる」

 というだけの報告である。

西東三鬼『神戸・続神戸』(新潮文庫)

神戸・続神戸 (新潮文庫)

神戸・続神戸 (新潮文庫)

 

 西東三鬼『神戸・続神戸』が新潮文庫になるという。

 というわけで、森見登美彦氏は解説を書いた。いささかマジメに書きすぎた。しかしマジメにならざるを得ない名作なのである。これはステキに薄っぺらい文庫本で(登美彦氏は薄っぺらい文庫本を愛する!)、お値段もステキにお手頃となっているから、ぜひとも手にとっていただければと思う。

 まるで人の良い天狗が書いたような本である。

 以下の引用は、謎のエジプト人マジット・エルバ氏と西東三鬼が、戦時下の神戸にあるホテルの一室でレコードを聴く場面から。 

 マジットも私も貧乏だったので、夜は大抵どちらかの部屋で、黙って煙草を吹かすのが常であった。私の部屋には十数枚のレコードがあった。それは皆、近東やアフリカを主題とした音楽で、青年時代からの、私の夢の泉であった。私達は、彼が何処からか探しだしてくるビールを、実に大切に飲みながら、一夜の歓をつくすのであったが、彼はレコードの一枚毎に『行き過ぎの鑑賞』をして、砂漠のオアシスや、駱駝の隊商や、ペルシャ市場の物売婆を呼び出し、感極まってでたらめ踊りを踊り、私はそれに狂喜の拍手を送るのであった。そういう我等を見守るのは、どのような神であったか。所詮は邪教の神であって、一流の神様ではなかったであろう。

京都文学賞、募集開始!

 京都文学賞というものが始まる。

 京都を題材にした小説を募集していて、選考は読者選考委員と、最終選考委員の各氏(いしいしんじさん、原田マハさん、校條剛さん)によっておこなわれる。

 締切は今年の九月末、まだ「ひと夏」ある。

 詳しくは下記リンク先をご参照ください。

www.koubo.co.jp

 森見登美彦氏はたびたび京都市中心の狭い範囲を舞台にして小説を書いてきた(正確には「たびたび」というよりも「ほとんど毎回」である)。

 登美彦氏は京都人ではないし京都に詳しいわけでもない。

 それでも京都を舞台にして書いてきたのは、自分の妄想の産物としての小説を盛りつける器として、京都という街がおそろしく強靱だったからである。四条河原町で「ええじゃないか騒動」を起こしても、先斗町に電車を走らせても、南座の大屋根で天狗を飛び跳ねさせても、京都という街は痛くも痒くもない様子だった。

 十五年前『太陽の塔』という小説を書いたのは、当時たまたま登美彦氏が京都で暮らす学生だったからだが、もしもあのとき「自分の妄想を京都という器に盛りつける」という方法を発見しなかったら、登美彦氏は小説家になっていなかったであろう。

『熱帯』、高校生直木賞をもらう

熱帯

熱帯

 

koukouseinaoki.com

 高校生直木賞、というものがある。

 詳しいことは上に掲げたリンク先を読んでいただきたいが、全国の高校生たちが集まって激論を交わし、直木賞の候補作から一作を選ぶ。今年で六回目ということで、歴代の受賞作は次のとおりである。

 第一回 『巨鯨の海』(伊東潤

 第二回 『宇喜多の捨て嫁』(木下昌輝)

 第三回 『ナイルパーチの女子会』(柚木麻子)

 第四回 『また、桜の国で』(須賀しのぶ

 第五回 『くちなし』(彩瀬まる)

 先日、第六回目の作品として『熱帯』が選ばれた。

 いくらなんでも怪作すぎるから『熱帯』ではダメだろう、と登美彦氏は奈良でボーッとしていたが、「決まりましたヨ」と連絡があってビックリした。高校生たちの冒険心を甘くみていたのである。登美彦氏は彼等に謝らなければならない。それにしても、よくぞこんなヤッカイな作品を選んでくれたものだと思いながら、その熱い議論を書き起こしたものを読んでいると、登美彦氏の胸にもまた熱いものがこみあげてきた。ありがたや……

 いつの間にやら平成が終わって令和になった。登美彦氏が平成最後にもらった賞は高校生直木賞ということになる。若々しい高校生たちに選ばれるというのは予想していたよりずっと嬉しく、じつに心強いものだった。なんだか自分がとても将来性のある人間になったような気がするではないか。

 「わるくないな!」

 登美彦氏は満足した。

 ともあれ、なにかと書き悩んで屈託しがちの登美彦氏にとって、思いがけなくも希望に満ちた平成の締めくくりとなった。参加校の皆様、運営関係者のみなさまに御礼申し上げます。

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佐藤哲也『シンドローム』(キノブックス)

シンドローム(キノブックス文庫) (キノブックス文庫 さ 2-1)

シンドローム(キノブックス文庫) (キノブックス文庫 さ 2-1)

 

  佐藤哲也氏の『シンドローム』が発売される。

 この容赦ない傑作についてどのように語ればいいのか――登美彦氏はあれこれ悩み、うーんうーんと唸りながら解説を書いたのである。以下、解説の冒頭を抜粋。 

 青春とは『ひとり相撲』である。

 たとえばひとりの黒髪の乙女に恋をしたとしよう。

 その恋を成就させるためには乙女との距離を縮め、しかるべき地点で自分の思いを相手に伝えなければならない。恋愛成就の可能性を見きわめるべく、我々の精神は目まぐるしく活動する。乙女からのなんということもないメールを熟読玩味し、その一挙手一投足から膨大な仮説を組み立て、希望的観測と絶望的観測によって揉みくちゃにされる。しかし実地に検証する勇気のないかぎり、意中の乙女の胸の内は推測するしかなく、自分で作りだした幻影との駆け引きが続く。そこに「恋のライバル」が現れようものならもうメチャメチャである。我々は幻影をめぐって幻影と争う。

 これをひとり相撲と言わずしてなんと言おう。

  ヘンテコであり、ユーモラスであり、緻密であり、しかも情け容赦なく、そして美しい小説である。

 なお、登美彦氏が暗躍した竹林小説アンソロジー「美女と竹林」にも、佐藤哲也氏の「竹林の奥」という短篇が収録されている。こちらもまた「一体なにが起こっているんだ……」と読み進めていくうちに、脳味噌が竹林に取り囲まれていくような作品である。 ぜひどうぞ。

森見登美彦リクエスト! 美女と竹林のアンソロジー

森見登美彦リクエスト! 美女と竹林のアンソロジー