登美彦氏、ハッと気づく。


 登美彦氏は「むつかしいヨむつかしいヨ」と泣きべそをかきながら、京都文学散歩のような文章を書いていた。

 
 ときおり、登美彦氏を「読書家」だと勘違いする人がある。
 しかし登美彦氏は「読書が好きでたまらない」というような純粋な魂を持つ読書家ではない。本を読むことができなくても、禁断症状が出たりはしない。文章を読まずに何日過ぎても平気である。小説のようなものを書いている人間としては、けっして読書量の多い人間ではないと思っているのである。だから「文学散歩」のような文章を書くには、書棚を引っかき回し、手持ちの札をありったけ並べなければならない。『夜は短し歩けよ乙女』に古本市の話が出てくるが、あれは精一杯背伸びして書いたのである。

 
 けれども、どうにか、書いた。
 「長すぎる。削り方が分からない」
 登美彦氏はうめいた。「だが諸君、なにごとも諦めが肝心だ」


 書いたものをエイヤッと東京へ送り出した後、登美彦氏はハッと気づいた。
 「日曜日には私も東京へ行かなくてならん」
 登美彦氏はトップランナーという番組に出るのである。
 なんと、似合わぬ。
 登美彦氏は不安になり、麦酒をごくごく飲んだ。
 「本上さんがいらっしゃるから出て行くものの、やっぱりテレビというものはおそろしい。何がおそろしいかというと、文章を書いているだけならば何となく面白く思ってくれる人もいるけれども、書いている当人が動いたり喋ったりしても何も面白くないからだ。文章でいくら威張っていても、傷つきやすく脆い魂がテレビでは剥き出しになってしまう。今になって、ますます不安になってきたぞ。どう編集しても誤魔化せないほどシドロモドロになったらどうするつもりか!どうするつもりか!」
 そして登美彦氏はチキンラーメンをすすりながら呟く。
 「あんまり痛くしないで欲しいものだなあ」