登美彦氏、映像化について考える。

 
 今となっては昔の話である。
 桜が散る前のことであった。


 森見登美彦氏は凍狂へ旅立ち、講談社というところを訪ねて遊んだ。そのあと、productionI.Gというところを訪ね、「アニメーション」がどれほど手間のかかるものかということを覗き見て恐れ入り、神山健治氏やプロダクションIGの人たちと熱く語らいながら晩ご飯を食べ、井の頭公園の桜を眺め、つづいてお酒を飲みながら、万城目学氏がいかにスバラシく奥の深い人物であるかということを宣伝した。そして楽しくお別れし、ホテルで一泊したのち、品川駅のそばのホテルのてっぺんで東京タワーを眺めながら編集者の人に説得されて、お仕事をまた一つ増やした。
 二日間の日程を終えて登美彦氏が帰ってくると、枯れていた泉の底に、わずかに水が湧いていた。
 それを少しずつすくいながら、登美彦氏は今もなお、書いているわけである。


 という森見登美彦氏の凍狂行を、筆者はもう少し詳細に、楽しげに、含蓄のある感じで、あわよくば知的に語ろうと思ったのだが、志が高すぎるうえに時間がなく、なんとなく手がつかず、ついに中断一ヶ月におよび、登美彦氏本人から、


 「君、ムリはよせ」


 と言われた。

 
 書こうと思いつつ先延ばしになっている記録というものは、小川の真ん中に居座る大岩のようなもので、そこで流れがせきとめられてしまう。
 これはよくない。
 打開すべし。
 そういう次第で、以上、簡略に凍狂行について記した。
 簡略に記したので趣きは伝わらないが、しかし楽しい夜であったという。


 登美彦氏は神山健治氏、ならびにproduction I.Gの方々に、たいへん感謝している。
 ちなみに登美彦氏は神山氏と晩ご飯を一緒に食べたばかりで、まだなにも悪いことは企んでいない。
 これは本当のことである。
 しかし、いつの日にか、京都の暗い片隅で一緒に何か悪だくみをするかもしれない。
 「そういうことになれば面白い!」
 登美彦氏は言った。


 というような出来事から日々は流れ、いわゆるゴールデンウィークになった。
 登美彦氏が広々とした机上で念仏踊りを踊っていると、万城目学氏から電子書簡がきた。
 万城目氏は締切を目前にひかえてたいへんである。たいへんであるにもかかわらず、机上で踊る登美彦氏に書簡をくれる。
 書簡をくれている場合ではないのに書簡をくれるところに万城目氏の大きさを見なくてはならない。


 万城目氏によると、『鴨川ホルモー』が京都で絶賛撮影中とのことであった。それどころか、驚いたことにエンディングは万城目学氏みずからが歌い、その美声を天下に披露するというのである。
 「なんと歌まで!」
 登美彦氏は心中穏やかでなかったが、続く文章であっさり「嘘です」と否定された。
 みごとに、騙されたのである。
 登美彦氏は悔しい思いをし、おともだちパンチではない部類のパンチを準備した。しかし幸いなことに、おともだちパンチでない方のパンチも、おともだちパンチと同程度の破壊力しかないので、万城目氏は安全である。


 万城目氏は今月の「本の旅人」に掲載された「彼は鹿男を見たか」と題した文章で、「登美彦氏が原作者本人からすすめられたにもかかわらずドラマ版『鹿男あをによし』を見ていない可能性がある」という危惧を表明していた。
 たしかに登美彦氏は公式的には「見ていない」。
 万城目氏の作品が映像化されるたび、登美彦氏は同僚の鍵屋さんから、「森見さんのは映像化されないんですか?」と言われる。
 「いっそ竹林伐採の過程をビデオにおさめ、『美女と竹林』を出版に先んじて映像化しようかと・・・そう思いつめた夜もありました」
 登美彦氏は関係者に告白している。
 「しかし、そうすると、ちっとも面白くないであろう!」


 「『鴨川ホルモー』は来年公開されるそうです。ぜひ観てください。いや、一緒に観に行きましょう!」
 万城目氏が熱心に誘ってくれるので、登美彦氏は返事を書いた。


 「もちろん観に行きます。しかし、映像化もほどほどに!」