森見登美彦氏はクリスマスイブを迎えた。
世間のごく一部、登美彦氏の処女作を読んだ人は、ひょっとすると登美彦氏がクリスマス大嫌いと考えているかもしれないが、それは端的に言って誤りである。
登美彦氏はクリスマスイブが大好きだ。「好きで好きでどうしようもない」という。
LOFTへ出かけても、思わず緑と赤のノートを買いあさる。
そして寸暇を惜しんでこれを見る。
登美彦氏は終日部屋に籠もっていた模様である。
日が暮れてから登美彦氏は外へ出た。
ケーキ屋はクリスマスケーキを準備していた。街にはクリスマスの飾りが輝いていた。登美彦氏は一瞬、不二家のショートケーキが無性に食べたくなったが、さすがにそれはやめて、ミスタードーナツでドーナツを三つ買って帰った。
登美彦氏はダブルチョコレートをもぐもぐ食べながらM−1グランプリを観た。
その一方。
登美彦氏の戦友は眺めのいいレストランで美女と一緒にワインを飲んでいる―
―かわりに、検査入院した病院で美味しい胃カメラを飲んでいる。
彼から送られてきた「看護師さんがとてつもなく可愛い」というメールを読みながら、登美彦氏は「そんなに哀れなイブは見たことも聞いたこともない!」と戦友の身の上を気遣う。
M−1グランプリは続いている。
登美彦氏は西田氏と出身高校がかぶっているので、「笑い飯」を応援している。さらに徳井氏が高校時代の友人を連想させるというだけの理由で「チュートリアル」を応援する。さらになんとなく好きという理由で「麒麟」を応援している。
「皆さんがんばっておられるな!しかしチュートリアルは面白いなあ!」
登美彦氏は一人でぶつぶつ言っている。
こういうことを書くと、登美彦氏はイブを一緒に過ごす相手もいないのかという勘ぐりをする人がいるであろう。
しかしそうではないのだ。
モテモテの登美彦氏にとって、この日誌は世をしのぶ仮の姿である。
じつは鼻血が出るほどおしゃれなレストランで黒髪の乙女と見つめ合いながら、オリーブオイルをかけて食べる美味しいエビ料理を食べているかもしれないのである。ワインで顔を紅白まだらに染めながら、こまめにM−1グランプリをチェックしているだけかもしれないのである。そして隣のテーブルに偶然座っている戦友と、「よお」と言ったりしているかもしれないのである。
今現在、登美彦氏はいかなる状況に直面しているか。
「しかしまあ、嘘でも本当でも、どうでもいいことであるよな」
登美彦氏はそう言って飲めないワインを飲み、美女と夜景を眺めている。
「おお!麒麟が決勝に!おめでとうおめでとう!」
なにやら登美彦氏は喜んでいる。
しかし優勝はチュートリアルであった。