「asta*」2月号(1月6日発売)


「恋文の技術」


第二話「私史上最高厄介なお姉様へ」

 

四月十一日


 拝啓。御無沙汰しております。守田です。
 私を覚えておいででしょうか。教授の天才的直感によって白羽の矢を立てられ、山奥の研究所へ島流しの憂き目にある後輩なんぞ、もはやお忘れでありましょうか。私という貴重な存在をやすやすと忘れられては困りますので、一筆啓上致します。
 先日、小宮から手紙が来ました。私の身の上を気遣ってくれるのは彼ぐらいです。先輩方とは大違い、持つべきものは同輩です。
 彼の手紙から思いついて、これから文通の腕を磨こうと決めました。高度情報化社会の現代においてもなお、手紙の力は絶大です。書簡を通じた人心掌握術を身につけ、人生双六で行きあたる正念場の数々をアッパレ切り抜けてみせる。今の私は、あなたや田邊さんに弄ばれていた昨年のヘナチョコ守田一郎ではありません。筆一本を握って前向きな文通武者修行に励む一匹狼です。サムライよ、手紙を書け!
 だから大塚さんもお時間あれば、お手紙くださいませ。
 淋しいわけではありませんがね。
 桜舞う季節になって研究室にもドッと新人が増え、なにかと慌ただしいことでしょう。小宮の手紙によれば、さっそく新入りたちを廊下にならべて絶対服従を誓わせたそうですね。そういう恐怖政治はいかがなものかと、遠い山奥から苦言を呈しておきます。「くれしま」にてキンキンに冷えた麦酒をガブ飲みするのもやめましょう。それは身体に毒です。新入りたちの卒論テーマを大塚さんの一存で左右するのもやめましょう。それは教授の仕事です。
 匆々頓首
                                       守田一郎
大塚緋沙子様