登美彦氏、先斗町で鱧を喰らう


 編集者の古囃子氏が京都へ乗り込んできたので、登美彦氏は会いに行った。


 なぜ古囃子氏が京都へやって来たかというと、登美彦氏が「小生にはたくさん書きためることなんかできない。ダメぜったい」とワガママを言うたからである。登美彦氏は都合の良い時だけ売れっ子ぶりをふりかざして逃げを打つ大悪人として知られている。


 書けぬという登美彦氏と、書きましょうという古囃子氏は、微妙に焦点のずれた話をしながら、ぱくぱく鱧を食べてお酒を飲む。
 そうして少し企みを巡らせる。
 世の中というのは色々難しい。


 「何かこう、コレならイケるという充実した腹案がない」
 「恋に仕事に多忙を極め、感興が湧かない」
 「もう何も思いつかない」
 「比叡山に籠もりたい」
 「汲み上げ湯葉を、先々月までずっと組み上げ湯葉だと思っていた。湯葉を寄せ木細工みたいにしたものを想像していたのだ。己が無知を恥ずべきだ。こんな自分には、京都を舞台にした小説など書く資格はない。いっそのこと、頭を丸めて地下に籠もる」
 登美彦氏はわけのわからないことを言って古囃子氏を困らせた。
 古囃子氏は登美彦氏に対抗して、「汚職事件お食事券を間違えていたことがありますよ」と言った。
 「それは嘘だ」
 登美彦氏は傲然と言った。「そんな人間はおりません」
 自分のことは棚に上げ、登美彦氏は頑として信じなかった。


 登美彦氏は古囃子氏の奥方からまたお菓子とお手紙をもらった。
 筆はいっこうに進まぬけれど、人妻のハートを鷲掴みにする登美彦氏のモテモテぶりは健在である。