五月の登美彦氏はそれはもう多忙であった。
おそらくこれまでで一番多忙な五月であった。
登美彦氏は角川書店の人たちと奈良を探検したり、大江麻理子さんと対談したり、インタビューに答えたりして、「野性時代」の特集の準備をした。登美彦氏と角川書店の人の努力の成果は、6月11日発売の「野性時代」80号に掲載される。
「野性時代」41号の特集以来、2回目の特集である。
登美彦氏は太田出版の人が出版をもくろむ「四畳半神話大系」のガイドブックのためになぜか銀月アパートメントに潜伏し、和服姿で京都の町をうろうろして写真を撮った。アニメ『四畳半神話大系』の明石さんの魅力にとりつかれた男たちが明石さん情報を求めてガイドブックを買うと、京都のあらゆる街角で不気味に笑いさざめく登美彦氏の写真が洩れなくついてくるという悲劇を想うに、涙を禁じ得ない。
さらに登美彦氏は常日頃お世話になっている、はてな氏を訪ねた。以前からはてな氏が「一度お立ち寄りください」と言ってくれていたからである。
はてな氏は非常に親切に登美彦氏を歓迎してくれた。はてな氏のテーブルには指のあとがいっぱいついた噂に名高いiPadというへんてこな道具がころがっていたので、登美彦氏は触らせてもらった。また、「はてなダンジョン」という妙ちくりんなゲームについても教えてもらった。
はてな氏はいい人である。
登美彦氏は『ペンギン・ハイウェイ』の宣伝もした。
その日の様子はここで読むことができる。
http://b.hatena.ne.jp/articles/201005/1203
また、登美彦氏は『美女と竹林』の番外篇を執筆するために、鱸氏たちとともに桂の竹林に挑んだが、希代の雨男たる鱸氏がその本領を遺憾なく発揮して関西一帯が豪雨におそわれ、竹林を刈ることもできずに鍵屋家の赤ちゃんと遊んで過ごして無念の思いを紛らわし、「かまわん、このまま書く!」と不毛な決意を新たにした。しかし竹も刈らずに何を書くというのか。
というようなことをしているうちに、電子の密林の奥底で連載が始まった。
タイトルは「熱帯」である。
連載をする場所がAmazonであるから本をめぐる物語にしよう、という単純な計画だった。計画は単純であっても、締切の苦しみは単純ではない。美貌の編集者に追い詰められてしまったとはいえ、「おそろしいことを始めてしまった」と登美彦氏は呟いている。
連載はAmazonの和書のページから読むことができる。
その連載については、ここに紹介がある。
http://b.hatena.ne.jp/articles/201005/1199
そして『ペンギン・ハイウェイ』が完成し、小囃子氏が持ってきた。
登美彦氏と小囃子氏は電車の音が聞こえる小さな喫茶店の窓際に座り、テーブルの隅に立てかけた『ペンギン・ハイウェイ』を眺めながら、麦酒で静かに乾杯した。『夜は短し歩けよ乙女』が単行本になる前、先斗町のとある店で最初の構想を喋った夜から約四年の歳月が過ぎた。
「美しいですな」
「美しいですよ」
「売れるだろうか」
「ものすごく売れるか、売れないかのどちらかですが、しかし売りますとも、もちろん」
というような会話をした。
登美彦氏は『ペンギン・ハイウェイ』にかかわる色々なインタビューにのぞんで、分かるような分からないようなことをぷつぷつ呟いた。さらに書店員の皆さんの前で小囃子氏といっしょに『ペンギン・ハイウェイ』についてぷつぷつ呟くというイベントに参加した。小囃子氏は前日からの発熱をおしてペンギン宣伝のために身を削って戦う尊敬すべき人である。
そして登美彦氏は書店員の人たちに「『ペンギン・ハイウェイ』をよろしくお願いいたします」と言った。
かくして。
今週末『ペンギン・ハイウェイ』が発売される。
早いところでは本日の夕方から並んでいる書店もあるそうである。
登美彦氏は今、仕事机の前に座り、我が子『ペンギン・ハイウェイ』の良い旅立ちを祈っている。もはや登美彦氏にできることは我が子の成長を見守ることのみである。