登美彦氏はずうっと書いている。
なぜずうっと書いているのか登美彦氏はもはや分からなくなっている。何を書いているのか、書かれつつあるものは愉快なものであるのか、不愉快なものであるのか、それすらも分からなくなっている。氏はしばしばそういった袋小路に迷い込むのである。
夜になって地下室を這い出すと、まだ雪が溶け残っていて、氏は幾度も転びそうになった。氏はこういう危険なだけで何の面白味もない雪を激しく憎む正義の人である。
「二日連続で弁当屋の弁当では士気に関わるぞ」
雪を踏みしめながら氏はそう呟いたが、結局氏は弁当を買って帰った。
しかし夜になってみて、ふいに、氏は今宵が「クリスマスイブイブ」にあたることを思いだした。テレビをつければそんな話題ばかりなので、嫌でも気づかざるを得ない。いや、氏はクリスマスを愛している。クリスマスイブイブも愛している。
「そう気づいてみれば、クリスマスイブイブもなかなか悪くない。というよりも、なんだか落ち着いていい。むしろクリスマスイブよりもいいかもしれん」
氏は多数のもちぐまを前に、クリスマスイブイブを過ごす心得を説いた。
そうしているうちにクリスマスイブイブの夜は更けていく。
「明日の夜は暖かい格好でヒルトンプラザウエストのダイニングバーへ出かける。その心意気で実際は学習室へ出かける」と氏の戦友は語った。登美彦氏の戦友は法律の勉強ばかりしているが、登美彦氏は書き物ばかりしている。
次のように言うこともできるだろう。
我々の戦いは、おおむね机上でおこなわれている。
今宵、登美彦氏はクリスマスイブにそなえて何らかの対策を講じようとしたが、もはや脳は砂漠と化しているので、何も湧きだしてこない。
登美彦氏はただ祈るのみである。
魂の平安を。
才能の充実を。
自分の半径2kmの平和を。
戦友の勉強がはかどることを。
我らの繁栄を。
世界の平和を。
そして、規定の分量の1.5倍に膨れあがりながら、にっちもさっちもいかなくなっている書き物がきちんと落着することを。
登美彦氏はうんともすんともいわなくなったロマンチック・エンジンをそっと揺さぶってみたが、やはりどうしても動かなかった。
「今日はここまで!」
氏は言った。「汝ネムき者よ、とりあえず寝るがよい」
次のように言うこともできるだろう。
我々の戦いは、おおむね孤独におこなわれている。