学生時代、登美彦氏とともに大文字で肉を焼き、真夏に自転車で琵琶湖を一周して死にかけ、哲学の道で『善の研究』を読もうとして挫折し、地主神社で「恋が実る」石を手探りしておうおう泣いた戦友があった。
名を明石氏という。
登美彦氏が大学で学んだことの大半は、明石氏から教わったことである。
明石氏は登美彦氏の友人にして師匠であった。
明石氏という男なくして『太陽の塔』はなく、『太陽の塔』なくして今日の登美彦氏はない。
今をさること数年前。
登美彦氏は明石氏との妄想話を好き勝手に作り替えて『太陽の塔』に書き、おのれの恥部を満天下にさらす暴挙に彼を巻き添えにした。いざ、日本ファンタジーノベル大賞を受賞して出版という運びになって、登美彦氏は心配になった。
登美彦氏は彼に電話をかけた。
「恥ずかしい過去が公表されてしまうが、いいか?」
明石氏は答えた。
「かまわん。俺は恥ずべきことは何もやっていない」
その彼の言葉を登美彦氏は今も覚えている。
というわけで登美彦氏は、戦友のために祝杯をあげる。
戦友が司法試験に合格したからである。
「我がことのように嬉しいもんだな」
登美彦氏は言った。