登美彦氏、映画を観る


 登美彦氏は映画館へコップを一つ持っていった。


 映画が進むにつれて、ぽたりぽたりと水が降ってきて、
 そのコップに少しずつ溜まっていく。
 いちどに降ってくるのはちょっとだけ。
 ぴちゃんという音もしなかった。
 まるで魔術のように、水はまっすぐコップ目指して落ちてきて、
 よそへこぼれたりはしないのである。


 「とかく慌てて水をじゃばじゃば注ぎたくなる昨今」
 登美彦氏はつぶやいた。
 「こんなにちょっとずつで、水は本当に溜まるのだろうか」

 
 しかし登美彦氏がハッと気づくと、
 コップの縁ぎりぎりまで、水がいっぱい溜まっているではないか。
 いつの間に?
 どういう仕組みで?
 誰のたくらみか?
 「あぶないあぶない」
 登美彦氏がおろおろしていると、
 しっかり握ったコップの縁から、
 ぽろりと水がこぼれ落ちた。


 つまり「おおかみこどもの雨と雪」は、
 スバラシイ映画であったというお話である。