登美彦氏、坂本真綾さんと対談する。


 森見登美彦氏は仕事が終わると、ふわふわと角川書店に出かけた。
 そうして坂本真綾さんと対談した。


 坂本さんは『四畳半神話大系』に登場する明石さんのように、「なぜそんなことをあなたに言わなくてはならないの?」と、登美彦氏をピシャリと冷たくやっつけたりはしなかった。
 対談であるから。
 したがって登美彦氏は落ち着いて喋ることができた模様である。


 しかし登美彦氏は、そうやって坂本さんと喋っていても、どうしても彼女が明石さんであるという実感が持てなかった。登美彦氏にとって、明石さんは明石さんであった。さらに言えば、昨年登美彦氏が新宿の映画館で端迷惑にも眼球から血を噴きながら観た「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」に登場する真希波・マリ・イラストリアスという人とも一致しないのであった。真希波・マリ・イラストリアスは、やはり真希波・マリ・イラストリアスであった。
 「ふしぎな感じだな!」と登美彦氏は考えた。
 だとすれば、坂本真綾さんというのは誰であるか。
 坂本真綾さんは坂本真綾さんなのであった。


 対談がたいへん和やかに終わった後、登美彦氏は職場の同僚たちに「必ず貰って来るべし、たとえ命を失うことになろうとも」と言われていたサインを坂本さんからもらうことに成功した。
 これで登美彦氏の職場における明文化されていない地位は着実に上がり、彼は未来永劫、彼ら同僚たち(先輩)に上から目線で物を言うであろう。そうとも。
 かくして登美彦氏は着実に今日の任務を終え、坂本さんを見送った。 


 その後、「DVDの付録につけるインタビューをします」と言われたので、登美彦氏は上田誠氏への漠然とした愛を語ったりした。