公式サイト http://penguin-highway.com/
森見登美彦氏の『ペンギン・ハイウェイ』が劇場アニメになる。
この小説が刊行されたのは2010年のことで、気がつけばもう八年前である。『ペンギン・ハイウェイ』を書いたとき登美彦氏は三〇代になったばかりだったというのに、すでに不惑が迫っている。「四畳半神話大系」「有頂天家族」「夜は短し歩けよ乙女」に続いて四作品目のアニメ化ということで、それはもうたいへんありがたいことである。振り返れば迷走だらけであった三十代、これら初期作品の映像化によって登美彦氏は支えられてきた。
2010年はちょうどアニメ「四畳半神話大系」が放送された年だった。偏屈な四畳半的世界が意外に注目されているという絶好のタイミングに、わざわざ『ペンギン・ハイウェイ』という毛色のちがう作品を出版して世の戸惑いを招いたことは、登美彦氏の経営的才覚のなさを示す。しかしその『ペンギン・ハイウェイ』が八年も経ってから映画になるのだから不思議と帳尻が合っている。ということは、登美彦氏はあんがい「デキる男」かもしれないのである。
ともあれ、この映画化をきっかけにして『ペンギン・ハイウェイ』が新たな読者を獲得することを登美彦氏は祈っている。
石田祐康監督とは二年前の春、ヨーロッパ企画の「ヨーロッパハウス」で初めて顔合わせをした。先日三月一日の記者会見で石田監督と久しぶりに会ったら、なんだかもう別人のように顔が変わっていた。丸い顔が長い顔になっていた。しかも髭モジャであった。
「知らない間に監督が入れ替わった?」
登美彦氏は一瞬疑った。しかしすぐに理解した。
この二年間というもの、石田監督は雨の日も風の日も映画「ペンギン・ハイウェイ」実現のために苦闘してきた。ごつごつの岩が荒波に揉まれてすべすべの石になるように、二年間の苦闘が石田監督の顔を削りとってしまったのであろう。それはあたかも厳しい修行の旅から戻ってきた旧友と再会したような驚きだった。「丸い顔が長い顔になるほどの」努力を重ねて、監督は「ペンギン・ハイウェイ」に挑んでいるわけである。
たいへんありがたく思いながらも、「どうかお身体を大事にしてください」と登美彦氏は監督に繰り返し伝えた。
映画の完成まではまだ厳しい道のりが続くのだろう。
記者会見が終わったあと。
「大丈夫かなあ。無事に完成するかなあ」
登美彦氏は有楽町を歩きながら言った。
かたわらの編集者は微妙な顔つきをした。
つまりそれは「あなたにはもっと危ぶむべきことがあるでしょう!」ということである。たしかに登美彦氏には他人の作品の完成を危ぶむ資格はない。『夜行』が出版されてからずいぶん経つ。その間、テレビアニメ「有頂天家族2」や劇場アニメ「夜は短し歩けよ乙女」、その他のイベントやエッセイ集『太陽と乙女』の出版によって、「なんとなく活躍している」ように見せかけて世間を欺いてきたが、小説家というものは新作を書かねばしょうがないものである。しかし石田監督のごとく「丸い顔が長い顔になるほどの」努力をしたら登美彦氏はおそらく成仏する。だから成仏しない程度の足取りで、次作『熱帯』完成へと通じる最後の坂を登っている。
「あとちょっとなんですよ」
登美彦氏は言い訳するように呟いた。
『熱帯』の世界から生還したいと願っているのは、誰よりも登美彦氏本人である。