登美彦氏、のんき玉を作ろうとする。


 森見登美彦氏はのんきでありたいと思う。
 のんきであるようなフリをしたいとも思う。
 登美彦氏は、みんなが忙しがることが諸悪の根源である、と決めつけているのだ。
 「みんながのんきなふりをしていればいつの日にか本当にのんきな日が来る」
 それが登美彦氏の思い込みである。
 万事がのんきになった後の世界のことなど、考えもしていないのである。
 のんき後の世界―
 それは我々の想像を絶する世界かもしれない。
 しかしそれはどうでもよいのだ。


 のんきを求める登美彦氏の意向に反して、
 近年の登美彦氏の「非のんき性」は如何なものか。
 いつも締切次郎に包囲されている。
 彼らは何が楽しくてそんなことをするのか。
 (無論、これは登美彦氏自身の八方美人性に起因するのだ)
 それなのに、あまり出版物には結実しないのである。
 なぜならば、登美彦氏は連載したものを満足がいくまで書き直さねば出版しないことを裏山の和尚さんに誓った男であり、書き直しているうちにまた面白くなるから、書き直すところがどんどん増えていき、極めて時間がかかる。
 しかもそのような作業をしている最中にも、雑誌の締切次郎たちは容赦なくやってくる。
 「もっとみんながのんきになると良い」
 登美彦氏は言っている。
 

 ここで登美彦氏は、かつて弟が語ったことを思い出した。
 弟が大学からの帰りにぷらぷら歩いていると、道端にいた某小学生が急に空に手を広げて、大声で叫んだという。
 「みんなの『のんき』を集めて、のんき玉ーッ!」
 彼はその巨大なのんき玉を使って何をしようとしていたのだろうか。
 登美彦氏はその小学生が締切次郎を地上から撲滅しようとしていたのだと信じている。
 素晴らしい小学生である。


 かくして登美彦氏は小学生の志を受け継ぎ、のんき玉を作る練習を始めようと思った。
 「みんなの『のんき』をオラに分けておくれ!」
 登美彦氏はぷつぷつ言った。
 そうすると妻が「なんですか?」と言った。
 「なんでもないなんでもない」
 登美彦氏は明日に備えて眠ることにした。