森見登美彦氏は絶え間なく襲いかかる締切次郎との死闘にへたばり、
ここでその日常を報告しなかった。
そろそろ復活しなくてはならぬと重い腰を上げようとした途端、
そこに大震災がやってきて、またしても言葉を失った。
こういうたいへんな時期にあっては登美彦氏でさえ、
小説に何ができるかということを考えがちである。
しかし登美彦氏にできることは何もないのだ。
そもそも登美彦氏は小説に何かさせようと思ったことがない。
自分には書く喜びと印税を。
読者には読む喜びを。
そういうことしか考えない。
今さら妙に襟を正したところで嘘になってしまう。
我が子たちにあまりむずかしいことを望んではかわいそうである。
そういうわけで登美彦氏は今まで通り締切次郎との戦いを続けるほかない。
登美彦氏が締切次郎との戦いを続けている一方で、
ここに『恋文の技術』が小型化したことをお知らせする。
赤い風船が目印である。
みごとなまでに可愛らしくなったことを登美彦氏は喜ぶ。
この鮮やかな赤い風船が街の本屋さんの一角を明るくし、
読者のなんとなくもやもやした気持ちを一時的にも晴らしてくれるならば、
小型化した『恋文の技術』は立派に任務を果たしたことになる。