『有頂天家族』(幻冬舎)

 


 いつも暢気にあくびをして締切次郎とダンスを踊っているだけに見える登美彦氏にだって、悩みごとの一つや二つはあるのである。三つも四つもあるのである。そもそもダンスを踊っている当のお相手である締切次郎こそが原因ではないのかコノヤロウ、くたばれ!と叫ぶようなことは、登美彦氏は大人だからしない。
 登美彦氏が執筆した『有頂天家族』という小説に次のような一節がある。

 世に蔓延する「悩みごと」は、大きく二つに分けることができる。一つはどうでもよいこと、もう一つはどうにもならぬことである。そして、両者は苦しむだけ損であるという点で変わりはない。努力すれば解決することであれば悩むより努力する方が得策であり、努力しても解決しないことであれば努力するだけ無駄なのだ。


 「分かってる!分かってるとも!」
 登美彦氏は自分で書いた文章に言い返す。
 念のために述べておくが、これは作中の狸が言っていることである。
 「狸になりてえ」と登美彦氏は呟く。


 そういうわけで、登美彦氏はいろいろあって作家として行き詰まりを感じているが、その子どもたちはそんなことにおかまいなしに活躍し、小型化したりするのである。
 小型化した『有頂天家族』が8月5日前後に書店に並ぶ。
 まだお読みになったことがない人は、買うべきである。読んだあとは体毛が濃くなっているというもっぱらの噂である。
 すでに単行本を持っている人でさえ、やはり買うべきである。なぜなら以前にも書いたように、大きなものと小さなものを揃えるのは、紳士淑女の嗜みだからである。登美彦氏の本を読んでくれる心優しき読者の中に、紳士でも淑女でもない人は一人もいない。


 ちなみにこの作品は、一冊だけでも完結している。じゅうぶん読めるはずである。その混乱を極めるクライマックスは、登美彦氏の作品史上、もっとも毛深く、もっと大団円である。
 しかし、この作品には続きがある。
 登美彦氏は狸になりたいと言っている。京都の狸界の動向が気になるという。
 しかし登美彦氏がその八方美人な性格を遺憾なく発揮した当然の帰結として、七色の締切次郎に追い詰められているので、彼が狸たちといっしょに机上の冒険を繰り広げるまでには、若干時間が必要だ。
 『有頂天家族』の第二部が来年に無事出版されることを、筆者は祈るものである。