経済のことに疎い森見登美彦氏は、そういうこともちゃんと学んでいこうと決意した。
しかし何から手をつけていいか分からない。
こういうときは自分にかかわりのあるところから始めるのがよい。
そういうわけで登美彦氏は、自身の某作品の映画化計画を闇に葬った世界的一大事件であるリーマン・ショックについて学ぶことにした。海の向こうで如何なる出来事が起こった結果として、自作の映画化が失敗したのか、そういうことはちゃんと知っておくべきであるような気がしたという。
この本を面白いと言うのは不謹慎であるような気もするが、しかしたとえば山田風太郎による太平洋戦争の開戦の一日と終戦前の二週間を描いた『同日同刻』が凄まじく面白いように、ぎりぎりの状況に追い詰められた人間たちの必死の攻防を描いた本を面白く感じるなというのは不可能なことである。これは人間の性である。
登美彦氏はまだ下巻の頭までしか読んでいないが、リーマン兄弟はもはや絶望的な状況にある。
いろいろ難しいところがあって理解できていない部分も多いが、ともかく誰に助けを求めるわけにもいかず絶望的であるということだけは登美彦氏にも分かるのである。
まったく意図していなかったことだが、いろいろ打開策を模索して失敗するリーマン・ブラザーズの苦闘が、九月末までの危機的締切状況をいかにして乗り越えるかという自身の苦しみと重なってきて、なんだか登美彦氏はとても読んでいられないという気持ちになってきた。
というより、そもそも本を読んでいられるような状況ではなかったのだ。
「いかんよいかんよ!」
登美彦氏はそう叫ぶと、机に戻った。