登美彦氏、春的な一日。


 今日は快晴で、街には風がびうびう吹いていた。


 朝起きてから昼すぎまで、登美彦氏はペンギンたちと戦った。
 できることならば旅に出たい。
 電車に乗って旅に出たい。
 多忙な年度末にぽっかり存在する三連休なのだから。
 しかし、ここで戦わないと小囃子氏がたいへん困る。
 そしてペンギンのあとにひかえている人たちもみんな困る。
 みんなが困ると登美彦氏は心をいためる。
 「ペンギンこけたらみなこける」と登美彦氏はつぶやいた。「ふふん」
 何を得意になっているのか分からない。


 書き疲れた登美彦氏は、強風の吹きすさぶ中、長く伸びた髪をじゅうおうむじんに掻き乱されながら、じゅうおうむじんに散歩をした。頭が身動きとれぬほどいっぱいになったときは、散歩すると良い。そうすると脳が回復するという。


 それにしても登美彦氏の髪はひどく伸びていた。
 同僚の鍵屋さんはさかんに言う。
 「まだ切らないんですか?」
 なぜ登美彦氏は髪を切らないのか。 
 真剣に机に向かっているとき、登美彦氏はなにやら頭にためこんだことが逃げていきそうなので、髪を切る気がなくなるのである。決して、道行く乙女をそのもじゃもじゃにひっかけようと企んでいるわけではない。つまり登美彦氏が髪を伸ばしているとき、それは真剣に仕事をしているということである。ただし、髪を切ったからといって仕事を怠けているというわけではないのである。
 しかし、あまり髪を伸ばすと危険でもある。
 登美彦氏は書き悩むたび、伸びた髪をぐいぐいひっぱる癖がある。以前、その癖のために頭皮に傷がつき、傷からばい菌が侵入し、リンパ腺を腫らした。おそるべき労災である。
 「髪を引っ張っては、またリンパ腺が腫れますよ」
 妻に言われてもなおらない。


 ぶらりと散歩した先で、登美彦氏は小さな書店に入ったが、読みたい本が見つからなかった。
 ちなみに昨日まで登美彦氏がせっせと読んでいた本は下のような本である。
 たいへんすごい本であるが、登美彦氏にはむずかしくもあった。

 
 方丈記私記 (ちくま文庫)


 登美彦氏はふらりと喫茶店に入り、酸っぱい珈琲を飲みながら、先人たちの手垢にまみれた、読んだことのない漫画を読んだ。5巻から読んだのでよく分からなかった。5巻からしか置いてなかったからである。
 喫茶店に一人で入るとき、読みたい本を持っていないということは、おそろしく味気ない。
 喫茶店に入る甲斐がない、と言ってもよい。


 登美彦氏は喫茶店の酸っぱい珈琲によって脚力を回復させ、ふたたび風に吹きまくられながら、髪をばさばさにして帰宅した。
 いったん眠ったあと、彼はふたたび机に向かった。
 日が暮れると妻といっしょに夕食を食べ、ふたたび机に向かった。
 書き疲れると風呂に入り、ふたたび机に向かった。
 机上ではペンギンたちが暴れまわる。
 背後では妻が、日本昔ばなし市原悦子風に「あんころもちが、くいてーなー」と言っている。そっくりである。そして、太郎はおっかあに作ってもらったあんころもちを食べ、「うめえ。うめえよ、おっかあ」と言う。そういうお話であるそうな。


 そんなふうにして一日が終わっていく。


 ※せっかく2日連続で日誌を書いたので、続けて書いてみたという次第である。とくに意味はないのである。