登美彦氏、危機。


 行き詰まった登美彦氏は「うおおおー」と心のうちで叫びながら自転車にまたがり、京都の街を疾走した。
 青々とする夏の山を見上げながら、走りに走った。そうして喫茶店で食事をした。運動をして気分を転換し、少し落ち着いたので仕事に戻ろうとしたところ、駆け始めたとたんに腹部に違和感を感じ、違和感はやがて危機感となった。帰り着くまで大丈夫であろうと登美彦氏は考えたが、鴨川べりを走っているうちに、のっぴきならない状態であることが判明した。
 「諸君」
 登美彦氏は叫んだ。
 「諦めるな。諦めたら、そこで終わりだ」
 登美彦氏は珍しく「漢」の表情を見せて、鴨川べりを疾走した。
 だが、根性とやる気だけではどうにもならないことがある。
 登美彦氏は人間としての尊厳を放棄しかけた。
 幸いなことに、荒神橋を渡ったところに救いがあった。
 世の中には偉い人がたくさんいるけれども、荒神橋西詰に公衆便所を設置してくれた人に登美彦氏は全身で感謝の意を捧げるという。

 
 客観的に考えるに、これは二十代後半の社会人が陥るべき危機ではない。計画性がないから締切に間に合わなくなるとか、そんなことよりも、もっと根本的なところで計画性に欠けていると言わざるを得ない。