森見登美彦氏は権利を行使するために、投票所へ行くことにした。
登美彦氏は、最近になって唐突に手拭いに「開眼」したため、珈琲豆の模様の入った黄土色の手拭いをひらひらとぶら下げている。
銭湯へ行くのではない。
選挙へ行くのである。
けれども登美彦氏は開眼した自分が嬉しい。
たとえ投票へ行くのだとしても、手拭いをぶら下げていきたい。
ここは断固としてぶら下げたい。
登美彦氏は夏の昼下がりの町をぷらぷら歩き、投票所へ行った。
そしてどぎまぎしながら投票をした。
登美彦氏はなぜか何度やっても、投票というのに慣れないのである。
この自分の清き一票に、なんだかいろいろなことが掛かっていると思うと、もう冗談を言う気にもなれない。国家の命運を己が手でねじ曲げるのは、非常にストレスフルな任務である。
重要な任務を果たしたので、登美彦氏は満足した。
そして暑い町中をぷらぷら歩きながら、手拭いで額の汗をぬぐった。
「夏は手拭いですよ、諸君」
登美彦氏はそんなことを呟きながら路地を抜け、定食屋にて親子丼をもりもり食べた。