「小説宝石」3月号(2月22日発売)


美女と竹林 第三回「竹林整備初戦」

 

 洛西の竹林へ通っては、奴隷のごとく黙々とノコギリを振るい、切り倒しては積み、切り倒しては積むだけの日々。誰からも賞賛されない、孤独な営みが続くであろう。彼の前に道はなく、彼の後ろに道ができる。
 だがいずれ、その努力が報われる栄光の日がやってくる。竹林は美しく整備され、タケノコはにょきにょき生える。竹林の前に豪華な門松をならべて、登美彦氏が完成記者会見を開くと、群れ集う報道陣がフラッシュをたく。見よ、竹林整備という過酷な作業を戦い抜いた彼の肉体を。道行く誰もが振り返るほどムキムキだ。二の腕一本に美女をぶら下げて白い歯を見せて快活に笑う登美彦氏の写真が、筋肉専門誌の表紙を飾るだろう。そして一躍筋肉作家となった登美彦氏は筆名をマッスル・トミーに変え、筋肉小説を多数の雑誌に連載し、筋肉仲間たちとたがいの筋肉を讃え合い、キーボードを叩くのがやっとの筋肉しかなかったあの頃、なにもかもが光り輝いて見えたあの頃のことを忘れ果て、旧友と会っても「年収と筋肉」の話しかできない男になる。
 そんなある日、ゴージャスな美女を二の腕にぶら下げて道を歩いていた登美彦氏は、通りかかった竹林の前でふと足を止める。彼女は登美彦氏の逞しい腕にぶら下がりながら無邪気に見上げる。「どうしたの、トミー?あなたの上腕二頭筋が震えているワ」
 「いや、なんでもない。ただ―」
 登美彦氏は竹林のざわめきに耳を澄ませる。
 「ただ、ずいぶん遠くに来たなと思っただけさ」
 その長い日々を思い描き、登美彦氏は呟いた。
 「面倒くさい!」
 さらに呟いた。「しかも途中から竹林関係ナシ!」
 

 明石氏が登美彦氏のかたわらでノコギリ素振りをしながら、「妄想はそのぐらいにすればどうだ」と言った。「とりあえず、早く刈ろうゼ」