登美彦氏、和服を着る


 先日のことだが、森見登美彦氏は和服を着て写真を撮られた。
 本来、登美彦氏はあまりそういう自意識過剰な感じの演出は拒むところである。
 「太陽が眩しかったから・・・」
 登美彦氏は読んでもいないくせに、知ったかぶりでそんなことを言う。
 ともかく、登美彦氏はそういうことをしてしまった。
 いろいろな取材を受けていると、ただ、なんとなく魔がさす、ということがある。


 そうして登美彦氏は「登美彦氏はふだんからあんな格好をして京都の町をうろうろしているのだな」という誤解を世に広める。
 そういう姿をしてよいのは京極夏彦氏であって、同じ「彦」でも大違いだ。
 ちなみに、森見登美彦氏が「登美彦」という名前を選んだのは、京極夏彦氏の「彦」にあやかろうとした、と一部では言われている。


 「森見登美彦め、少し女性ファンにおだてられたからといって、すぐに調子に乗ったな!」
 そういう人もあるだろう。
 もっと言ってやれ。


 登美彦氏は同僚の鍵屋さんに言った。
 「先日、和服を着せられて写真を撮ったのですよ」
 「ふうううん。どんな和服ですか?」
 「いや、どんな和服か分からんけれども、こんな風な、歩きにくい感じの・・・」
 「なにそれ。ぜんぜん分からへん」
 「分かりませんか・・・」
 「芥川龍之介みたいになりました?」
 「さあ」
 登美彦氏は顎に指を当てた。「しかし、こんな格好をしたりしましたよ」
 「ふうん」
 「芥川龍之介みたいには見えまいけれど、たしかにぼんやりした不安には始終つきまとわれていますね」
 「はあ」
 「次の締切に間に合うかどうか、今日はいったい晩ご飯をどうすればいいのか・・・とか」


 「それ、ボンヤリしてませんやん」
 鍵屋さんは言った。