「我が手に自由を!」


 森見登美彦氏は、ついに記念すべき日を迎えた。
 登美彦氏は栄光に包まれていた。
 堂々と胸を張って河原町通を歩いていく登美彦氏に、両側に立つビルからは紙でこしらえた色とりどりの花がわんさか降り注いだ。街角に立つ乙女たちは「あ、あの方よ!あの方が噂の売れっ子よ!」と脇腹をつっつき合ってクスクス笑い、登美彦氏が顔を向けると、悲鳴を上げて卒倒する始末である(キモいからではない)。
 京都の街は、もはやお祭りムード一色であり、「万歳、万歳」というどよめきがいつまでも聞こえている。
 これには理由がある。
 森見登美彦氏は数ヶ月ぶりに、締切が目前に迫っていない週末を迎えたのである。次の締切まで、まだ二十五日間もあるのだ。
 これが祝わずにおられようか。
 「野郎ども、俺の奢りだ」
 そう言って登美彦氏はカルピスの瓶をばらまく。
 カルピスは初恋の味がする。


 一説によると森見登美彦氏は、ときおり非科学忍者隊モリミマンに変身するといわれる。
 かつて、超人機メタルダーという輩がおり、彼は怒りが頂点に達すると変身したものであったが、森見登美彦氏はそんな怒りん坊ではないので、「怒りが頂点に達したぐらいでは変身してやらない」と宣う。
 登美彦氏がモリミマンに変身するのは以下の場合である。


 一、一日に八時間寝たとき
 二、カルピスを飲んだ時(ただし三分間のみ)
 三、編集者に誉められた時(ただし三分間のみ)
 四、美味しいものを食べた時(ただし喰っている間だけ)
 五、エトセトラ(他にも色々)


 ようするに登美彦氏は御機嫌が頂点に達した時に変身するのである。
 そしてひとたび変身するやいなや、もちぐま隊員たちを引き連れて、それはもう非科学的なことを色々やるのだ。


 この短く熱い夏、登美彦氏は歌いながら机に向かっていたという。

 誰だ 誰だ 誰だ 机の前に座る影
 丸い猫背の モリミマン
 ようやくやっと 書き出せば
 締切目前 火の車
 書け 書け 書け モリミマン
 書けへん 書けん 書けん モリミマン
 締切いくつ  身体はひとつ
 おお モリミマン モリミマン
 (飽きずに繰り返す)

(「科学忍者隊ガッチャマン」のメロディーで)



 そんな歌を歌っていたくせに、登美彦氏はあまりに書き悩んでいたせいで、モリミマンに変身するひまがなかった。


 黄金に光り輝く三連休を迎え、登美彦氏はようやくモリミマンとなる。
 そして自堕落に過ごすのである。
 洛中に生存する君子の方々は、モリミマンを遠巻きに眺めるがよかろう。