森見登美彦氏は倒れるときはつねに前のめりなので、いったん書いて本になってしまったものは、できるかぎり読み返さない。何かの拍子に読み返さねばならぬことになると、だいたい不機嫌になるという。
自作というものは、「そういえばああいうものを書いたような気がするなあ」と考えているうちがハナである。そうしているかぎり、過去の作品は良いものである。
とりわけ処女作はそうである。
ふるさとは遠きにありて思ふもの!
しかし登美彦氏も、たまには自分の過去を振り返ってみることもある。
前へ進むためには、時に過去を冷静に見つめることが必要だからだ。
ここに読者諸賢はリアルな日常を果敢に生き抜く登美彦氏の器の大きさを見いださねばならぬよ。
そういうわけで登美彦氏は「太陽の塔」を読み返した。
「たしかに、二度と書けない傑作である。今後、この奇怪な処女作を越えることは不可能であろう。そして、あんまり越えたくない」
登美彦氏は自画自賛した。
続けて以下のように述べた。
「よくもまあ、こんなわけのわからん話を書いたものだ。無茶である。書いた私もエライが、ありあまる無茶なところを鷹揚に飲み込んで読破された読者の方々もまた素晴らしくも有り難し。悔しいけれども、こればかりは感謝せざるを得ない。なむなむ」