『作家の口福 おかわり』(朝日文庫)

 

作家の口福 おかわり (朝日文庫)

作家の口福 おかわり (朝日文庫)


 森見登美彦氏は、月に一度、研究室時代の先輩と飲みにいく。
 行く先は京都市内の賑やかな居酒屋であるが、ここでその名を明かすことはできない。ただでさえ混んでいる店が予約できなくなると、月に一度の貴重な楽しみが失われるからである。嗚呼、どれほどその店は先輩と登美彦氏の安息の場所であることか!
 登美彦氏の仕事場で落ち合った二人は、形式上「どこへ飲みにいくか」を相談する。しかし結論は最初から決まっているのだ。
 「今日もあそこでいいですかね?」
 「もちろん!」
 そうして出かけていくのである。


 その店の片隅で酒を酌み交わしていたとき、先輩は叫んだ。
 「この店は僕のペースメーカーなんだ!」
 なんのペースなのかはよく分からないが、それほど大事な店だと言いたかったのであろう。もしも「予約が取れない」ということになれば、先輩の人生はめちゃくちゃになるのだ。それほど素晴らしい店なのである。
 飲みながら登美彦氏はときどき愕然とする。
 出てくるもの出てくるもの、美味しくないものが何一つない。机上は見渡すかぎり美味しいもので埋め尽くされている。世界はこんなに美味しいものに満ち溢れていたというのか。森羅万象が美食であろうか。
 「世界万歳!」と叫びたくなる。
 月に一度の「口福」がその先輩を、そして登美彦氏を支えている。


 というような話は、この文庫にはおさめられていない。
 登美彦氏が書いたのは以下の四つである。
 ・ベーコンエッグ
 ・父の手料理
 ・無人島の食卓
 ・おいしい文章


 ほかにも大勢の方が食について語っている。
 執筆者の中にはあの万城目学氏もいる。