『ペンギン・ハイウェイ』 (角川書店) 11/22

 
 
ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)


 ある日のこと。
 気がつくと夏が終わっていた。
 森見登美彦氏が、
 「おや夏が終わった。秋が来たナア」
 と呟いていたら、
 秋の風情を味わう余裕もないうちに冬みたいな風が吹き、
 登美彦氏の尻を冷やしたりするのであった。


 登美彦氏が奈良へ引き籠もって、はや一年。
 奈良には古事記的時間が流れていた。
 そのショウコには、
 この一年はまるで雲のように風のように流れたではないか。
 古事記の時代からあった山々は今もそこにあり、
 太陽は大昔と同じように生駒山の向こうへ沈む。
 登美彦氏は正倉院展を見に行った影響で、
 なおさらそんな雄大な想像をしがちである。
 そうやって自分の「長すぎる休暇」を過小評価しようと企てる。


 そうやって登美彦氏がのんびりしているうちに、 
 愛すべき『ペンギン・ハイウェイ』が小型化の準備をととのえた。
 解説は萩尾望都さんが書いてくださった。
 単行本は素晴らしく、文庫本もまた素晴らしい。
 どちらかを買ってくれた方々に幸いを。
 両方を買ってくれた方々には幸いの上に幸いを。
 毎度同じことを書いているけれども、
 大きなものと小さなものを揃えるのは紳士淑女の嗜みだ。
 「どうか小さなペンギンたちが書店の店先で健闘しますように」
 なむなむと登美彦氏は祈っている。


 ここで、一つの奇遇について。


 『ペンギン・ハイウェイ』には一つの大学が登場する。
 主人公アオヤマ君は夏の冒険の途上、この大学を発見する。
 これは「奈良先端科学技術大学院大学」という大学をイメージしている。
 もちろんあくまでイメージしたまでのこと。
 登美彦氏が描く「京都」と同じく、妄想化がほどこされている。


 アオヤマ君の友人にハマモトさんという女の子がいて、
 彼女のお父さんがこの大学に勤めていたのだった。
 ところで皆さんはご存じだろうか。
 かつてこの大学では、山中伸弥教授が研究をしていたという。
 iPS細胞、ノーベル賞の山中先生である。


 そうするとハマモト先生と山中先生は同僚であったかもしれない。
 廊下ですれちがいながら、
 「おはようございます」と言い合ったかもしれない。
 そうではなかろうか。
 その妄想的可能性に思いを馳せると、
 登美彦氏は強引に言いたくなるのだ。
 「奇遇ですなあ!」


 なにしろアオヤマ君という少年は、
 ノーベル賞を夢見る「科学の子」であったから。