ある日のこと。
気がつくと夏が終わっていた。
森見登美彦氏が、
「おや夏が終わった。秋が来たナア」
と呟いていたら、
秋の風情を味わう余裕もないうちに冬みたいな風が吹き、
登美彦氏の尻を冷やしたりするのであった。
登美彦氏が奈良へ引き籠もって、はや一年。
奈良には古事記的時間が流れていた。
そのショウコには、
この一年はまるで雲のように風のように流れたではないか。
古事記の時代からあった山々は今もそこにあり、
太陽は大昔と同じように生駒山の向こうへ沈む。
登美彦氏は正倉院展を見に行った影響で、
なおさらそんな雄大な想像をしがちである。
そうやって自分の「長すぎる休暇」を過小評価しようと企てる。
そうやって登美彦氏がのんびりしているうちに、
愛すべき『ペンギン・ハイウェイ』が小型化の準備をととのえた。
解説は萩尾望都さんが書いてくださった。
単行本は素晴らしく、文庫本もまた素晴らしい。
どちらかを買ってくれた方々に幸いを。
両方を買ってくれた方々には幸いの上に幸いを。
毎度同じことを書いているけれども、
大きなものと小さなものを揃えるのは紳士淑女の嗜みだ。
「どうか小さなペンギンたちが書店の店先で健闘しますように」
なむなむと登美彦氏は祈っている。
ここで、一つの奇遇について。
『ペンギン・ハイウェイ』には一つの大学が登場する。
主人公アオヤマ君は夏の冒険の途上、この大学を発見する。
これは「奈良先端科学技術大学院大学」という大学をイメージしている。
もちろんあくまでイメージしたまでのこと。
登美彦氏が描く「京都」と同じく、妄想化がほどこされている。
アオヤマ君の友人にハマモトさんという女の子がいて、
彼女のお父さんがこの大学に勤めていたのだった。
ところで皆さんはご存じだろうか。
かつてこの大学では、山中伸弥教授が研究をしていたという。
iPS細胞、ノーベル賞の山中先生である。
そうするとハマモト先生と山中先生は同僚であったかもしれない。
廊下ですれちがいながら、
「おはようございます」と言い合ったかもしれない。
そうではなかろうか。
その妄想的可能性に思いを馳せると、
登美彦氏は強引に言いたくなるのだ。
「奇遇ですなあ!」
なにしろアオヤマ君という少年は、
ノーベル賞を夢見る「科学の子」であったから。