登美彦氏、東へ


 登美彦氏は、気に入った形にまとまらない書き物に嫌気がさしたので、ぶらりと地下室を抜け出し、地下鉄東西線に乗りこんだ。
 「とりあえず東へ行こう。なむなむ!」と氏は呻いた。
 「三条京阪の次が京都市役所前で、その次が烏丸御池だ。二条城前で、二条で、その次が名古屋、それから横浜、品川、そうすればもう浅草だ」
 そういうわけで登美彦氏は浅草で下車した。
 登美彦氏は雷門を見上げ、浅草寺の界隈を歩き廻り、なんだかアリガタイ御利益があるらしい煙を頭に浴び、溶け残った雪を蹴飛ばし、道行く人に酩酊して意見している人を見物した。
 「こんな近所に浅草があったのなら、もっと前から遊びに来ればよかったのだ。文明開化というものは侮れん!」
 そうして浅草を満喫した登美彦氏は、総決起集会の場所へ向かった。


 どこまでも延びていく長い長い商店街の一角、鯨の店があり、そこで日本妄想大賞日本ファンタジーノベル大賞を頂いた妄想つかい作家たちが集会を開く予定であった。
 最初、登美彦氏は藤田雅矢氏と二人きりでぽつねんとしていた。
 妄想の荒野をひた走っているであろう戦友の方々はなかなか姿を現さなかった。妄想の荒野は獣道だらけなので、皆さんなかなか浅草へ辿りつけないのであろうと登美彦氏は考えた。そこへ平山瑞穂氏から、「オクレマス」と矢文が来た。
 やがて妄想の荒野を走ってきた面々が、わらわらっと追われるように鯨屋へ駆けこんできた。「危ない危ない。妄想にやられるところだった」「あけましておめでとうございます」「ところで幹事はどこです」「幹事はいない」「幹事がいない」「平山さんは猫の問題がこじれて、遅れるそうです」「そしてなぜ幹事がいない」
 やがて、国王のように堂々と山之口洋氏(←幹事様)が入店した。
 佐藤哲也佐藤亜紀ご夫妻は、浅草を目指して幻想の荒野を走り続け、そのあまりの脚力の高さゆえにともに高熱を発し、ついに鯨屋へ辿りつかれなかったとのこと。「ご無事をお祈りする次第です」と登美彦氏は関係者に述べた。
 北野勇作氏も大阪から浅草へ通じる秘密の異次元マンホールの在処を失念し、涙を飲んで諦めたとのこと。SFフェスティバルにて、恥じらいに阻まれてまともに言葉を交わせなかった登美彦氏は無念に思ったという。


 会の内容について、詳細はいまだ公表されていない。
 以下は速報。
 △粕谷知世氏のお子さん(写真)は、林檎色のほっぺたで関係者を軒なみノックアウト
 △畠中恵氏は登美彦氏に「アンヌ隊員に目覚めたのですよね」と指摘。そんなプライベートの極北というべき事柄がなぜバレたのかと、登美彦氏は今も首をひねっている
 △西崎憲越谷オサム山之口洋の三氏は、登美彦氏が授賞式へ連れて行った美女たちについて触れ、「話がちがうではないか」「あれは詐欺だ」「裏切り者め」「ひょっとしてモテモテかてめえ」「であるならば即刻くたばってしかるべき」「隅田川へ沈めろ」等の適切な指摘を行った。登美彦氏が「私はじつはモテモテなのです、皆さん。モテテモテテもう手がつけられない、フォトジェニックな乙女たち(by西崎憲氏)と灼熱のアバンチュール」と述べると、会場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した
 △一次会終了後、登美彦氏は夜道を歩きながら渡辺球氏と二年半ぶりに語り合い、なんだか同窓会に出たような懐かしさに包まれたという。
 △おみやげは「レトロソーセージ」という不思議な物体であった。これは今も登美彦氏の座右にある。


 帰途、登美彦氏は平山瑞穂氏と一緒になった。京都への帰り方を失念して右往左往していた登美彦氏は、平山氏の助力によって、なんとか東西線への乗り方を思い出した。
 「平山瑞穂氏が想像以上に気さくで親切な方だったことに驚いて妙なことを口走り、気さくさのアピールに日々努めておられる氏をガッカリさせてしまったのは、小生の不徳と致すところである。ここにお詫び申し上げる。今後は平山瑞穂氏の気さくさを広く世間に吹聴していきたい」
 登美彦氏は関係者に述べた。


 平山瑞穂氏と別れた後、登美彦氏はふたたび地下鉄東西線に揺られて下宿へ帰った。
 つい近所に出かけたはずであるのに、登美彦氏はたいへん疲れた。
 まだまだ鍛錬が足りないのであろう。