『新釈走れメロス他四篇』(角川文庫)


 


 森見登美彦氏の『新釈走れメロス他四篇』が角川文庫の仲間入りをする。
 八月二十五日頃から書店にならぶ予定である。


 注意していただきたいが、この本は祥伝社の『新釈走れメロス他四篇』と内容的には同じであって、登美彦氏はほとんど何もしてない。懐手して奈良でゆらゆらしていたのみ。孫の仕送りを待つ、おジイさんの気持ちであった。
 祥伝社文庫版の『新釈走れメロス他四篇』も、今まで通り買うことができる。


 

新釈 走れメロス 他四篇 (祥伝社文庫 も 10-1)

新釈 走れメロス 他四篇 (祥伝社文庫 も 10-1)


 角川文庫の解説は千野帽子さんが引き受けてくださった。詳細をここで明かすことはしないが、「こんな解説見たことない」というような凝りに凝った解説である。
 そして目を引くのは、中村佑介氏の凝りに凝った表紙である。情熱とアイデアがほとばしりすぎて、できあがった文庫本を手に取ると、鮮やかな表紙がむくむくと膨らんで見えたという。こちらも詳細は読者の方の楽しみのために言わずにおくが、登美彦氏のこれまでの作品を包みこむかのように、じつにさまざまなものが描きこまれている。その全貌を明らかにするためにはドウシテモこの文庫本を買うほかなく、そうして毎日中村氏の絵を眺めていたら、須磨さんの原稿用紙柄のシャツがほしくなることウケアイであろう。
 山の彼方の中村氏に感謝しつつ、登美彦氏の商魂は武者震いした。
 「これは世の人も買わざるを得まいて……」
 中村氏の魔力によって、『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』『新釈走れメロス他四篇』の三冊をならべたい、という気持ちが世人の胸中に湧き上がるのはきわめて自然ではないか。恐ろしやー。


 四畳半神話大系 (角川文庫) 夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫) 新釈 走れメロス 他四篇 (角川文庫)


 登美彦氏は何もしていないのに、文庫本は完成した。
 しかし登美彦氏も好きでゆらゆらしていたわけではない。
 今年の七月から八月にかけて、ふたたび登美彦氏の執筆は暗礁に乗りあげていた。「不調も三年続けば実力」という恐ろしい言葉があるが、もうとっくに三年は過ぎ去り、登美彦氏お馴染みの暗礁は今や実力そのものである。
 あまりにも毎度!あまりにもお馴染み!
 この暗礁のもにゃもにゃした不吉な手触りを登美彦氏は隅から隅まで知っており、もはや可愛くさえあるのだが、その姿は海面下に隠れて決して見えず、毎度同じように難破する。なぜであるか。ひょっとして愛しているのではないか、この暗礁を。
 「いっそのこと暗礁に家を立てて暮らすかナア」
 登美彦氏はそんなことを言っている。