森見登美彦氏の短編「廿世紀ホテル」が掲載されている。
大正時代の京都を舞台にした短いお話である。
奈良の天を覆う梅雨空のもと、登美彦氏は鬱々とした日々を送っている。
そもそも「梅雨大好き!超愛してる!」という人物は多くないかもしれないが、登美彦氏も梅雨のことはあまり好ましく思っていない。彼が梅雨をきらう最大の理由は、大気に充満した湿気にそそのかされた毛髪が反乱をくわだてることである。登美彦氏も三十路半ばとなって、毛髪の戦略的撤退は着実に進行中であるが、それでもなお若かりし日の栄光を忘れられない一群の暴れん坊たちが梅雨空に向かって立ち上がり、天然巻き毛の本領を発揮する。
「じつにウザイ。おとなしくしろ!」
登美彦氏はそんなことを呟きつつ、髪をぐいぐい引っ張る。
引っ張っても毛髪の性根が治るわけもなく、彼らの頭皮からの離脱を早めるというのに――。