登美彦氏、柳小路を抜ける


 森見登美彦氏は籠城していた。
 こめかみから脳が洩れるほど籠城した。
 が、ついに怒り心頭に発して仕事場から脱出した。
 とくに行く当てはない。


 イヤな匂いのする脂汗を流しながら錦市場を駆け抜け、
 寺町と新京極の雑踏を抜け、
 ふと気づくと、柳小路という細い路地へ迷い込んでいた。
 そこには、哀れな登美彦氏を守る「八兵衛明神」という狸の神様が祀られている。
 といっても、目に見えるのは狸の置物の集合体である。
 登美彦氏はその集合体に手を合わせて祈った。


 「どうか私を締切朝日次郎の魔手からお守りください。なむなむ」


 空は曇り、雷鳴が轟いた。
 登美彦氏が顔を上げると、狭い路地の向こうから、小粒のおっさんがたくさんやってくる。無数の眼鏡がピカピカと輝き、小太りの無数の腹がぷよぷよし、無数の紐ネクタイが揺れている。
 「ワッ、たくさん来た!」
 登美彦氏は逃げようとしたが、時すでに遅し。
 路地の反対側もすでに小粒のおっさんに覆い尽くされているではないか。
 前門のおっさん、後門のおっさん。


 登美彦氏は柳小路の真ん中で、
 「ごめんなさい。もうしません」
 と土下座した。
 しかし締切次郎たちはぷつぷつと可愛い声を上げながら、
 静かに、そして確実に間合いを詰めてくる。


 狭い柳小路は小粒のおっさんに覆われ、そのほかのものは何も見えない。
 氏が勇気を出して手近なおっさんたちをなぎ払うと、
 路地の北の端で、次女が万華鏡を振り回しているのが辛うじて見えた。
 ぴょんぴょん跳ねながら、氏を呼んでいる。

 
 「お父さん、お父さん。へこたれとる暇はないよ!」


 さらに反対側のおっさんたちをなぎ払うと、
 路地の南の端で、小型化した次男三男が、きつねの面をつけて静かに立っている。


 「父上、もうじきワタクシも小粒になります」
 

 それにしても筆者は思うのであるが、
 登美彦氏の日常を擬人化して書くと、コレは本当にもうわけがわからない。
 反省しきりであるが、書いてしまったものを訂正するほどではない。
 ということはつまり、反省していないも同然ではないのか。
 というわけで、今日のところはサヨヲナラ。