森見登美彦氏、新年会に出る


 森見登美彦氏は東京へ出かけていった。
 二月に刊行予定の『有頂天家族』の続編について、綿矢りささんと対談するためである。


 対談が終わったのち、万城目学氏も合流して新年会を行う予定であった。
 しかし万城目氏がヌルリと電車に乗ってこちらへ向かっている最中、「ワタクシめがお店を予約しました」と堂々宣言していたはずの綿矢さんが実は予約していなかったという不可解な事実が判明し、いささか状況は混乱した。
 登美彦氏が考えるに、綿矢さんは「新年会の準備をしなくてはならぬ」と責任を感じて店の予約を繰り返し脳内でシミュレーションするうち、妄想と現実の境界が融解する「りさランド」に迷いこんだのであろう。その戦慄の「りさランド」では、妄想で予約することと、現実に店へ連絡して予約することが、等価交換の関係にあるという。かくして妄想上では予約がなされたが、現実に予約はなされなかったのである。
 これぞ妄想力のなせるわざというべきである。


 やがて彼らは、同席した編集者の機転で確保された新年会場所に移動した。
 「万城目さんは大丈夫でしょうか」
 と、綿矢さんは心配していたが、
 「どうせ万城目さんだから大丈夫でしょう。気にしない気にしない」
 と、登美彦氏は綿矢さんを慰める一方で、万城目氏をないがしろにする発言を重ね、先に乾杯しようと言ったりするのであった。
 お店の入り口でドアの鳴る音がすると、綿矢さんは「あ、万城目さんが」と言って立ち上がって見に行ったが、「違う人でした」と帰ってきた。
 「気にしない気にしない」と登美彦氏はあくびをしていた。


 そうして登美彦氏が気にしないようにしていると、万城目氏が妖怪みたいな感じでヌルッと現れた。
 万城目氏は、とりあえず綿矢さんが妄想の中だけでも店の予約を完了し得たことを「まあ、よく頑張りましたわ」と評価したものの、「まあ、まだそのレベルです」と述べた。
 「次こそはきっと、ちゃんと予約してみせます」と綿矢さんは言った。
 そこで万城目氏は、もう何年も前の話をまたぞろ引き合いに出した。森見登美彦氏と京都で焼き肉を食べようという話になったとき、登美彦氏が「行きましょう」と言って紹介した店がとっくに潰れていたという間抜けな想い出である。万城目氏が、綿矢さんと登美彦氏の現実感覚の崩壊ぶりを鋭く指摘して、己の社会人としてのシッカリぶりを誇示せんとするのはいつものことである。
 社会人として形勢不利な登美彦氏としては、「店の予約を成し遂げた自分を幻視する能力も、二年以上前に潰れた焼き肉店を幻視する能力も、きっと小説的には役立つに違いない」と期待するほかない。
 「これからも崩壊していこう」と登美彦氏は決意をあらたにするのであった。


 というわけで、愉快な新年会であったそうな。