「小説宝石」 8月号


美女と竹林 第八回「登美彦氏、外堀を埋めて美女と出逢う」


 自分の作品が世の人に読んでもらえるようになるまでには、苦しい修行の日々を何年も過ごさなくてはならない。注目されることがなくても、うまく書けなくても、本にしてもらえなくても、へこたれずに営々と努力しなくてはならない。そうして五年、十年、二十年と頑張った後に、ようやく日の目を見ることもあるかもしれないということだ。長い苦闘のすえに名作を書き、雑誌では特集が組まれ、「森見さんの原稿が欲しい」と目を潤ませた女性編集者がぞろぞろと京都へ乗り込んできて、ついには憧れの本上まなみさんと対談できる日も来るかもしれない―というのが登美彦氏の思い描いた「作家の道」であった。
 「名作を書く」までは志が高いが、そこから先がなんだか違う、ということを気にしてはいけない。がりがりに痩せて似非文学青年風を装っている登美彦氏も、しょせんは人間だ。泣く子と地頭には勝てないのである。
 「長い道のりだなあ」
 登美彦氏は溜息をついた。「でも、こればっかりはやむを得ない」