登美彦氏について

 森見登美彦氏は京都に住んでいる。


 彼は近年、中学二年以来の偏屈が嵩じて、日の射さない地下室に住むようになった。これは地震が怖いためでもある。彼は、地下室に籠もっていれば、少なくとも部屋がへしゃげて押しつぶされることはないと信じているらしいのである。そのかわり鴨川が氾濫するたびに部屋が水没するから、雨が降る折りには恐怖をこらえてむっつりしている。
 それでも地下室に住む利点はさまざまあるのだと登美彦氏は考える。
 まず、静かである。
 それに、日が射さないから美白効果がある。
 半年以上の歳月をかけて地下室で熟成した美白ぶりをもってすれば、道行く美白好きな乙女を籠絡することは極めて容易だ。しかし彼はあんまり部屋から出ないので、その能力を実地に発揮することがない。
 能ある鷹は爪を隠すとは彼の好きな言葉である。
 あくまで発揮しないだけなのである。できないのではない。
 世の男性諸氏は登美彦氏の引っ込み思案に感謝して然るべきである。さもなくば、道行く乙女はみな彼にゾッコンとなろう。


 森見登美彦氏は某国家秘密機関の諜報員であるという噂もあるし、万年大学院生であるという人もおれば、いやあれは駆け出しの作家であるという人もおれば、あれはたんなるイジけた妖怪に過ぎないから鴨川へ沈めてしまった方が宜しいという人もある。登美彦氏はそういう多面的な人である。多才ではないが、多面的ではある。


 自分の近況にいかほどの値打ちがあるのか、登美彦氏は懐疑的である。
 しかしそういう登美彦氏の思惑とは別に、時代は進む。
 ついに登美彦氏は己の活動状況を電子の海に笹舟のごとく浮かべてみることを決意した。しかし湿っぽい地下室で展開される登美彦氏の波乱に満ちた日常が今後ありのままに描かれるかどうかは保証のかぎりではない。


 最後に、森見登美彦氏の言葉を掲載する。

世の風潮に流されて電子の海に身を投じ、日誌を開始するにあたって、私は断じてひとりよがりを排し、日々更新にあいつとめて、有益な情報とエンターテイメントを提供するべく粉骨細心努力すると宣言するなどと思ったら大間違いのこんこんちきであり、思う存分ひとりでよがり、ひきこもり、ただ己の誇りを守るのにきうきうとする所存である。訪れたる読者諸賢は、たまに綴られる文字列をこめかみから汁が出るほど熟読玩味し、もって今日の疲れをさらに深め、清々しい明日への希望を喪われるがよろしかろう。