森見登美彦氏は机に向かってボンヤリしている。
机上には毛玉や天狗や半天狗や胡散臭い幻術師がこんぐらがっている。
有頂天家族の第二部は着実に進んでいるが、着実にユックリである。脳の谷間から滴り落ちる液体を朱塗りの椀に溜めているかのようにユックリと進む。
「しかし諸君」
登美彦氏は言う。
「前に進んでいるのであれば、いつの日か必ず終わる日が来るヨ」
(そうとも、いつの日にか――)
そして登美彦氏は未来を見つめる。
その目には、三十路半ばの男の固い決意が見えるではないか。
そう、完成した暁には必ずや『めぞん一刻』のblu-rayボックスを買おう、という固い決意が。
かくして原作者は奈良盆地ひとりぼっち、のんのんのんと執筆したり、のんのんのんと暗礁にのりあげたりしているにもかかわらず、今週の「有頂天」界隈はまことに賑やかである。
まずアニメ「有頂天家族」が文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞を受賞した。まことにめでたきことながら、「四畳半神話大系」に引き続き、登美彦氏作品映像化のハードルをずんずんあげるのもたいがいにしていただきたい、と登美彦氏は述べている。
とはいえ知らぬふりもできないので、2月5日の火曜日、登美彦氏は雪の舞い散る東京へ出かけ、吉原監督と堀川社長に「おめでとうございます」と言った。そのあとすぐにみんなで授賞式会場を抜け出し、狸鍋抜きの金曜倶楽部的な宴会で上機嫌になったのである。
アニメ「有頂天家族」、DVDとblu-rayも順次発売されている。
全巻において、登美彦氏はオーディオコメンタリーでもぐもぐ喋っている。
また、今週末2月9日の日曜日に「有頂天祭」というお祭りがある。
http://uchoten-anime.com/special/special_140209.php
登美彦氏も出かける予定である。
アニメ放映が終わってこんなに経ってから、ふたたびお祭りにまじることができるのは幸いなことであろう。
ここで登美彦氏はいちおう呟いてみる。
「第二部を書き終えないうちにこの日を迎えてしまったこと、まことに慚愧の念に堪えない!」
アニメ放映終了後の打ち上げの際、「森見さん、第二部はいつごろできますか?」と大勢の人に言われ、登美彦氏は打ち上げ会場で吊し上げられた。この週末にのこのこ出かけて行ったら、また同じ目に遭遇するに決まっている。ありがたいのやら、ありがたくないのやら、原作者の心中フクザツであるべきだが、「諏訪部さんたちとまたお酒が飲めるといいナア」などと机上で呟いているところを見ると、どうも深刻に考えていない気配がある。阿呆なのであろう。恥を知るべきである。
ちなみに会場では、登美彦氏のサインした文庫版『有頂天家族』、『有頂天家族公式読本』、およびフィルムブックが販売される予定である。
これは幻冬舎の担当編集者である小手山さんが、雪の舞い散る寒い深夜に登美彦氏を幻冬舎に監禁して鞭でぴちぴち叩きながら書かせたサイン本であり、登美彦氏自筆イラストつきの10周年記念ハンコが押されている。10周年延長宣言後に10周年記念ハンコを活用し始めるのもヤケッパチだが、これもまたやむを得ぬ。
なお、鞭で叩かれながらしたサインであっても愛は籠っている。
「当日会場でお買い上げいただければ、色々な人が助かります」
と、登美彦氏は言っている。
そしてさらに今週末2月8日、京都にて「七変化音楽劇 有頂天家族」の舞台がある。
http://www.duncan.co.jp/web/stage/uchoten/
思いがけない出来事によって、登美彦氏も「無事に上演できるのだろうか」と心配したが、舞台裏でさまざまな方が奔走してくださった結果、無事に京都で上演されるとのことである。
もし京都公演がなくなれば、登美彦氏はこの自律神経に悪いことウケアイの舞台を、あやうく見られないままになるところであった。
「ありがたいことだ。これで観に行ける」
登美彦氏は感謝している。
そういうわけで当日は、登美彦氏も自律神経を痛める覚悟で参上する予定である。
「どんとこい、自律神経失調」
不思議なことに、この一週間はたいへん「有頂天」な週なのである。
そして、原作者は特段の活躍を見せていないのである。