「明けましておめでとうございます」
森見登美彦氏は言った。
「こちら森見登美彦、生きております」
新年の挨拶にしては、いささか遅すぎるのではないか?
すでに世間ではお正月気分が一掃され、大勢の善男善女が「新年の抱負」を実現すべく果敢に走りだしている。手回しの良い人たちは早々と新年の抱負に見切りをつけ、「来年こそ本気を出す」と本気で決意している頃合いであろう。それなのに、今まで登美彦氏は何をぐずぐずしていたのか?
登美彦氏にとって2014年はまだ来るべき年ではなかった。
だから知らぬ顔をしていた。
登美彦氏は、2013年氏を愛していた。
「まだ行かなくていいよ」
「もう行かなくちゃ。そろそろ本当にヤバイですよ」
「もうちょっと、もうちょっと」
そんな駆け引きを繰り返していた。
全世界が2013年氏を快く送りだそうとしているとき、登美彦氏(と、その妻)は敢然として世界的潮流にあらがい、2013年氏を引き留めようと画策していた。登美彦氏は2013年氏をあの手この手で歓待し、妻は2013年氏を喜ばせるために「2013年氏を讃える歌」を歌った。嗚呼それなのに2013年氏は、登美彦氏が妻といっしょに「ゆく年くる年」をウッカリ見ているうちに去りにけり。
「あら、2013年氏が行ってしまいました!」
妻が叫んだ。
登美彦氏は彼を追って駆け出した。
しかし間に合わず、2013年氏の姿はどこにもなかった。
「行ってしまわれた……」
そして登美彦氏がお正月の街角で静かに涙を流していると、ポンと肩を叩く者があった。
「来ちゃった」
と、2014年氏が言った。
登美彦氏の曇りのない眼には、まだ2013年の秋の空が映っている。
ある人はご存じのように、2013年は登美彦氏の作家デビュー10周年記念の年であった。『聖なる怠け者の冒険』が刊行され、『有頂天家族』がアニメ化されるまでは良かった。南座の舞台にあがらせてもらったりしているまでは良かった。
しかしヒーローのような復活劇は、所詮登美彦氏には似合わぬことだったのである。
2013年半ば、登美彦氏は早々に息切れがした。
もはや登美彦氏は言い訳の材料をまったく持たない。
読者にも、編集者の方々にも。
2011年に締切太郎を召還したとき、言い訳のタネは払底した。
したがって、よけいなことは何も言うべきではあるまい。
登美彦氏は10周年記念作品として『聖なる怠け者の冒険』『有頂天家族第二部』『夜行』等を挙げたが、それらのうち刊行できたのは『聖なる怠け者の冒険』のみである。どうであろうか。そんなことが許されるもんか。10周年記念作品が10周年の間に出版されないなど、言語道断のこんちきちんである。
しかし筆者は断固として「登美彦氏は諦めていない」とお伝えしたい。
登美彦氏は考えた。10周年記念作品が刊行されていないからには、読者への責任上、10周年を終わらせるわけにはいかない。
したがって登美彦氏は、ここに恥をしのんで宣言する。
「10周年を延長する」と。
今年も宜しくお願い致します。