『きつねのはなし』(新潮社)(10月31日発売)


きつねのはなし


第四話 「水神」

 
 祖父の「大宴会」が行われたのは、梅雨が明け切らない七月のはじめだった。
 深夜、久谷さんが屋敷を通り掛かって、蕭条と降る雨の中に明るい光が漏れているのを見た。普段ならば明かりが落ちている時刻なので、久谷老人は不思議に思って立ち止まった。屋敷はぎらぎらと明るいばかりで森閑としていた。
 翌朝やって来た美里さんは、二階の洋間にて、店から取り寄せたらしいたくさんの西洋料理と酒の残りを見つけた。祖父に尋ねたが、「知らない」と突っぱねられた。おおかた親族が来たのだろうと彼女は考え、電話で確認してみたが、その夜は誰も訪ねていなかった。我が家にも電話が掛かってきて、父が首をひねっていたのを思い出す。
 洋間のテーブルに並んだ料理の残骸から考えても、想像される宴会は絢爛たるものだった。祖父が一人で腹におさめたとは到底考えられない。楕円を成すテーブルの真ん中に置かれた青磁の大皿には、まるで標本のように美しい大きな魚の骨があった。それを囲むようにして料理が並んだらしかった。
 久谷さんは前日の深夜、暗い雨の中に煌々と輝く屋敷を見ている。幾人かの人間がこの洋間で一堂に会したのではないかと誰もが考えた。しかし、祖父がその夜、誰を持てなしたのか、ついに分からなかった。父や伯父たちは不穏な思いを抱いた。