登美彦氏、劇団ひとり氏と対談す


 森見登美彦氏は東京へ出かけ、処女作「陰日向に咲く」が評判となっている劇団ひとり氏と対談した模様である。
 「初対面の人は悉く嫌いだ」と豪語するほど人見知り激しい登美彦氏は、何も喋れなくなる事態を恐れるあまり、「陰日向に咲く」を三度読み返して赤線を引き、DVD「都会のナポレオン」を三度観て感想をメモして対談に備えた。備えれば備えるほど劇団ひとり氏の存在は大きさを増した。かえって逆効果であったことに気づいたのは当日であった。とくに「都会のナポレオン」につけられた疑似ドキュメンタリーの迫力は、登美彦氏のちっこい心胆を寒からしめた。
 そういうわけで、東京の出来事はまるで夢の如く、登美彦氏は何を喋ったのかさっぱり覚えていない。ただ、劇団ひとり氏が大人の配慮をみせ、巧みに語ったということのみ、覚えている。劇団ひとり氏はそのオーラをもって登美彦氏を圧倒した。
 帰りの新幹線で、登美彦氏はひそかに泣き濡れて、己のちっぽけな器を弄んでみたという。


 登美彦氏は以下のように弁明する。
 「元来私は、自分が表へ出て語ることには、あんまり価値がないと考えている。それが読者への配慮であるという意見がある一方、さしてオモシロキことも喋れないのならば、地下室へ籠もってむっつり黙っているのもまた読者への配慮である。私が生み出すもので、読者へ提供するに足るものがあるとすれば、それはただ文章のみであるからだ。オモシロいものがあるとすればそれは私の文章であって、私本人ではない。私本人はじつにつまらぬ、無趣味で無粋な、中身のない、未完の大器である。さらに私は、雑誌に載ったりする自分の写真にも、あんまり価値がないと考えている。それが読者への配慮であるという意見がある一方、さして見栄えがするわけでもなき写真をおめおめと提示するぐらいならば、『もてもてのナイスガイ』という立派な称号のみを巷に流布して、本人は完璧に雲隠れするのもまた読者への配慮であろう。やむを得ず写真を撮るにせよ、部屋の隅にうずくまる私の後頭部を撮るぐらいでちょうどよいのではないか。・・・しかしひょっとすると、ありのままに『もてもてナイスガイ』に写るかもしれんという一抹の期待も捨てがたい。
 『ものは経験』という黄金の言葉もある。『可愛い登美彦氏には旅をさせよ』という黄金の言葉もある。
 もしこの対談を見かけることがあれば、読者諸賢、大目に見られよ」


 この対談は、四月末発売の幻冬舎パピルス」に掲載される予定であるという。