「野性時代」3月号(2月13日発売)


「深海魚たち」


 追う男。
 「読書に生半可な色目をつかったあげく、ウワサの恋の火遊びは山の彼方の空遠く、清らかだった魂は埃と汚辱にまみれ、空費されるべき青春は定石通りに空費された。古本市の神よ、我に知識ではなくまず潤いを与えよ」


 歩く乙女。
 「下鴨神社の森に足を踏み入れて蝉時雨を浴びながら、どこまでも続く古本の洪水を見た時の感動を、私は忘れることがないでしょう。この古本の大海で、幾らでも素晴らしい本と出会うことができるのだと考えると、武者震いがして、むんと胸を張りたくなりました。古本市の入口で、私は二足歩行ロボットのステップを踏み、己が喜びと意気込みを表現したものです」


 浴衣姿の樋口氏。
 「出版された本は人に買われる。やがて手放され、次なる人の手に渡る時に、本はふたたび生きることになる。本はそうやって幾度でも蘇り、人と人をつないでいく。だからこそ時に残酷に、神は古本を世に解き放つ。不心得の蒐集家たちは畏れるがよい!」


 古本市の神。
 「悪しき蒐集家の手より古書を解放せしこと、まことに欣快に耐えず。汝よ今こそ思い知れ、我こそは古本市の神なり」