先日、森見登美彦氏は本も仕事も振り捨てて街に出た。
登美彦氏は超多忙であった。紅葉を狩るひまもなく、紅葉を狩る男女を狩るひまはなおさらなかった。そして地下室で何者にも負けない強靱な魂を作るため、鍛錬に励んでいるうちに、いつの間にか街には冬が来ていた。
河原町通にはきらきら輝く不気味な白い輪っかがぶら下がり、あちこちから聞き覚えのあるナントカマスメロディーが流れていた。恐るべき陰謀が街を飲み込んでゆくように思われて、登美彦氏は不安をおぼえた。
そわそわと落ち着かぬ気持ちで帰ってくると、烏丸通に面した同志社大学の門の内に、天を突くように大きなアレがぬうっとそびえていた。登美彦氏はあまりの恐ろしさに動けなかった。天を突いて立つアレ、いわゆるナントカマスツリーは、全体を電飾に包まれて、ぎらぎらと夕闇に輝いていた。それを前にすると、氏はあまりにもちっぽけな存在であった。
さあ、この巨大なナントカマスツリーのもとで、思うさまロマンチックエンジンを駆動したまえ!ごっつ綺麗であろう!ごっつロマンチックであろう!誰がなんと言おうとメリーナントカマス以外のナニモノでもないであろう!
氏は思わず烏丸通に突っ伏した。
ナントカマスツリーが放つ容赦ない光が、みるみる登美彦氏の身体を灰にした。
「うわー、おかあさーん」
それが登美彦氏の最期の言葉であった。
という夢を見たと森見登美彦氏は静かに語り、たこ焼きを頬張った。
一座に沈黙が下りた。
「なんで、おかあさーんなのだ」と誰かがぽつんと言った。