二月の登美彦氏、疲労困憊して京都を去る。


 「三月の登美彦氏」は、「二月の登美彦氏」が京都を去るというので、京都駅まで見送りに出かけた。


 二月の登美彦氏はたいへん多忙であった。
 氏は祥伝社から間もなく刊行される『新釈走れメロス』の準備をし、野性時代4月号のために新境地短編小説を書き、『夜は短し歩けよ乙女』番外編を書き、インタビューにこたえ、本上まなみさんと対談して生涯の野望を果たし、そのうえ引っ越しさえした。いったいグウタラ作家・森見登美彦氏のどこにそんな力が眠っていたのかと誰もが不思議に思っている。


 三月の登美彦氏は彼をねぎらった。
 「よくやった。褒めてやろう。それでどこへ行くの?」
 二月の登美彦氏は着替えなどがはいった鞄をぶらさげて、「温泉だ」と言った。「編集者からのメールも届かないような、たいへん遠いところへ行く。帰ってくるのは来年の二月だ」
 「じゃあ、俺も三月が終わったらそこへ湯治に行こう」
 「いや、おまえは来るな」
 そう言って二月の登美彦氏は青春18切符(少し安くなっている)を使って電車に揺られていった。


 三月の登美彦氏が自室へ戻ってみると、未整理の段ボールが山と積まれて足の踏み場もなく、ただパソコンだけがゴミの中で稼働していた。そしてどうしようもないほど目前に差し迫った締め切りが三つ残っていた。
 「あいつ!ぜんぶ俺におしつけて逃げやがったな!」


 現在、登美彦氏はふたたび混乱に陥っている。