『熱帯』の誕生

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 小説についての小説――。

 そんなアヤシゲな題材に手を出したのが運の尽き、森見登美彦氏はこの一年半というもの『熱帯』の世界に閉じ籠められていた。ようやく脱出した今になっても、「自分は本当に帰ってきたのか?」という疑問がしきりに胸をよぎるのである。どうして自分はあんな無謀な冒険に乗りだしたのだろう。「小説についての小説を書く」なんぞ血で血を洗うようなものであって、迷宮に閉じこめられるのはアタリマエではないか!というわけで、森見登美彦氏史上最大の問題作ができあがった。もはや精根尽き果てたので、「二度とこんな題材には手を出すまい」と登美彦氏は誓ったのである。

 11月16日(金)発売予定である。

 

熱帯

熱帯

 

 

 特設サイト 

books.bunshun.jp

 公式twitter 

twitter.com

  

登美彦氏、岩井圭也氏と対談する

 先日、森見登美彦氏は狸谷山不動院を訪ねてトークイベントを行った。「護摩祈祷」によって始まるという不思議なイベントで、たいへん貴重な経験であった。
 狸谷山不動院の皆様、売店の皆様、そして長い石段をのぼってご参加いただいた皆様に御礼を申し上げます。

 そしてまた登美彦氏は、今年のフロンティア文学賞を受賞された岩井圭也氏と京都にて対談をした。その模様は「野性時代」10月号に掲載されている。『永遠についての証明』は選考委員三人の意見が一致した久しぶりの受賞作である。
 登美彦氏は「数学者」という存在に昔から憧れてきた。「小説家」とは「すごく近いような」「とても遠いような」不思議な距離感があるからにちがいない。『永遠についての証明』を読んでいると、なんだかそういうカッコイイ「数学者」を疑似体験しているような気持ちになれて嬉しいのである。
 岩井圭也氏の今後の御活躍を祈るものである。

 

 
 
永遠についての証明

永遠についての証明


 ようやく『熱帯』という悪夢的迷宮から脱出して、少しはノンビリできるかと思っていたが、『熱帯』を書いている間「知らんぷり」してきた幾つもの用件が押し寄せてきて登美彦氏を取りかこんでいる。なんだかずっと慌ただしい気分なのである。
 責任者はどこか。

 映画「ペンギン・ハイウェイ」公開


 映画「ペンギン・ハイウェイ」が8月17日から公開される。

 登美彦氏は断固として主張する。
 「このような映画こそ夏に観に行くべきである!」
 この映画を劇場で観ることができる夏はもう二度とこない。

 できるものなら登美彦氏もスケジュールに余裕をもってこの日を迎え、映画の売り上げに貢献すべく、朝から晩まで映画館に立て籠もりたいところであった。しかし昨年から死闘を繰り広げてきた自分史上最大の怪作『熱帯』がようやく完成を迎えつつある今日、涙を呑んで書斎に立て籠もらねばならない。登美彦氏はこの机上から映画「ペンギン・ハイウェイ」の活躍を祈るものだ。

 ところで登美彦氏の父親は、以前からずっと『ペンギン・ハイウェイ』こそ登美彦氏の最高傑作であると主張してはばからず、出版から八年経った今日、こうして『ペンギン・ハイウェイ』が注目を浴びる機会を得たことについて、「やはり俺の目は正しかったのだ」と鼻高々である。そして「観客動員に貢献するために映画は毎日観に行く」と豪語している。

 原作をまだ読んでいない人はこの機会にぜひ手にとっていただきたい。映画を観る前に読んでも、観た後に読んでも、きっと楽しいはずである(と登美彦氏は主張している)。 
 
 

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

 また公式読本なるものも発売された。
 登美彦氏のエッセイ、インタビュー、アオヤマ君を主人公とした短編「郵便少年」も収録されている。
 こちらもぜひよろしくお願いいたします。

 

ペンギン・ハイウェイ 公式読本

ペンギン・ハイウェイ 公式読本

 
 ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)
 

 映画「ペンギン・ハイウェイ」が完成した。
 これまでにも経験のあることだが、森見登美彦氏は自作の映像化に馴染むまで時間がかかる。現在、登美彦氏は映画「ペンギン・ハイウェイ」を繰り返し見て、自分を馴染ませている最中である。詳細な感想を述べるのは慎むべきであろう。
 とにかく登美彦氏は呆れた。
 「よくこんなガムシャラな映画を実現したなあ!」
 原作への愛が眩しかった。
 あまりの眩しさに灰になりそうだった。
 そして予想どおり登美彦氏はひとり涙したのである。
 映画「ペンギン・ハイウェイ」は今夏八月十七日全国ロードショーである。
 なにとぞ宜しくお願いいたします。


 公式サイト http://penguin-highway.com/


 この機会に『ペンギン・ハイウェイ』が角川つばさ文庫にも入るという。コミック版も七月に刊行される模様である。
 こちらも宜しくお願いいたします。


 

ペンギン・ハイウェイ (角川つばさ文庫)

ペンギン・ハイウェイ (角川つばさ文庫)


 

 六月八日の記述についての反省文。


 筆者があんなふうに無用の反論を書いてしまったのは、学生時代の登美彦氏のみっともなさや情けなさ、哀しみや煩悶、それらの陰影と切り離せない愛すべき事柄の一切が、「モテモテであった」という一言のもとに切って捨てられるように思われたからである。
 登美彦氏は自身の学生時代の実感に対して、過剰な「愛憎の念」を抱いている。無闇に四畳半小説を書いてしまったことへの当然の報いであろう。だからこそ「自分の青春はそんなものではなかった」とうるさく言いたくなるのだ。
 しかし、登美彦氏の個人的事情や感慨、拘泥するその微妙なニュアンスなんぞ、他人にはなんの意味も持たない。
 あのように衝動的な文章を書くことは、当日誌の運用方針に反している。そういうわけで六月八日の記述は削除させていただきたいと思う。できるだけ努力しているのだが、それでも数年に一度、筆者はかくのごとき恥ずべき失敗を執りおこなう。
 読者の皆様のお許しを願うものである。
 
 というようなことを、連載小説「シャーロック・ホームズの凱旋」最終回をようやく書き上げ、憎むべき締切地獄から解放された今日、登美彦氏はじっくりと考えたわけである。
 中央公論新社「小説BOC」は次号をもっていったん終了となる。デビュー以来十五年、登美彦氏がその背中を追いかけてきた(つもりの)伊坂幸太郎氏との初対談も収録される。
 手に取っていただければ幸甚である。
 何卒よろしくお願いします。

 https://www.amazon.co.jp/dp/4120051021/

 




 映画「ペンギン・ハイウェイ」の新しい予告ができた。
 主題歌は宇多田ヒカルさん。いくらボンヤリ生きているとはいえ、森見登美彦氏も宇多田ヒカルさんの名前は知っている。まさか自分の作品と宇多田ヒカルさんがつながりを持つとは、一〇年前には考えもしなかった。不思議なことである。
 映画は八月十七日公開なのでヨロシクお願いします。
 かつて富山のPAワークスへ遊びに出かけたとき、ちょうど完成したアニメ「有頂天家族」の第八話を見る羽目になった。登美彦氏は原作者であるにもかかわらず号泣、その後にひかえていた吉原監督との対談にも支障が出たのである。そういうのはまことに原作者の沽券にかかわる。そして映画「ペンギン・ハイウェイ」でも同様の現象が登美彦氏をもみくちゃにするであろうことは想像に難くない。それゆえに登美彦氏は試写会へ行くことを渋りに渋っている。


 「有頂天家族」といえば、今週末は下鴨神社でイベントが行われる。登美彦氏もフラリと現れる予定で、妙な緊張感が漂うことになるのも気まずいので前もって白状しておくが、まだ第三部の原稿は登美彦氏の胸の内にだけ存在している。まことに申し訳ないと思いつつ、「どうしようもないのだ」と言わざるを得ない。なぜなら登美彦氏は他にもいろいろなものを書く約束があり、しかもそれらをバンバン片付けていけるような小説家的膂力がないからである。
 もどかしいもどかしい。ひとやすみひとやすみ。


 また、月刊「モーニング」モーニング・ツー」において来月から『太陽の塔』のマンガ連載が始まる。十五年越し「まさか」のマンガ化、2003年の出版当時腐れ大学生だったという担当編集者執念の結実である。作者のかしのこおりさんは、寒々しい四畳半にムニムニと奇怪な妄想が入りこんでくる感触を、マンガならではというべき面白さで描きだしている。登美彦氏も連載をたいへん楽しみにしている。
 月刊「モーニング」モーニング・ツー」をヨロシクお願いします。
 (追記:雑誌名を間違っておりました)


 


 映画化やイベントやマンガ化はありがたいことである。
 それがたいへん幸福なことであることは登美彦氏も分かっている。しかし結局のところ、それは過去の登美彦氏の遺産というべきであり、もはや過ぎたことなのである。現在の登美彦氏は何ひとつ威張れない。小説家は新作を書かなければしょうがない。
 というわけで、登美彦氏は早く次作『熱帯』の世界から脱出したいと願っているのだが、なかなか出口が見えないのだ。
 『熱帯』は「『熱帯』という小説についての小説」である。同じような構造を持つ作品としてミヒャエル・エンデの『はてしない物語』が思い浮かぶ。登美彦氏は油断していた。まさか本当に「はてしない」(=書き終わらない)物語になってしまうとは……。そもそもこういう呪われた手法に手を出すべきではなかったのではないか。しかしここまで沖に船出して、今さら引き返すわけにもいかない。もはや陸地は見えない。行きつくところまで行くしかないのである。

 今日マチ子さんの10周年


 

センネン画報 +10 years

センネン画報 +10 years


 今日マチ子さんが10周年を迎えたそうである。
 じつは森見登美彦氏はデビュー作の帯にコメントを書いた。
 新刊の特設ページにも言葉を寄せた。
 http://www.ohtabooks.com/sp/sennen/


 一足先に10周年(実質3年間の)を通過した人間として、
 働き者にちがいない今日マチ子さんのことを心配し、
 「ほどよく怠けましょう」
 と書いたものの、
 もちろん登美彦氏ほど怠ける必要はないのである。
 「なんだか全方位的にゴメンナサイ」
 あいかわらず登美彦氏は暗礁に乗り上げてヲリマス。

 日本ファンタジーノベル大賞と太陽の塔


 

隣のずこずこ

隣のずこずこ


 日本ファンタジーノベル大賞が復活した。
 その記念すべき最初の受賞作がこちらである。
 「火炎を噴く巨大な信楽焼きの狸を連れた女性が山奥の町を滅ぼしにやってくる」という冒頭はワケのわからないものであり、登美彦氏は選考委員として応募原稿を読み始めたとき「これは本当に面白くなるのだろうか?」と不安に思ったのであるが、読み進めるうちにそんな不安は生駒山の彼方へ飛んでいった。
 ワケのわからぬ話がワケのわからぬままにリアルに感じられてきて、読み終えたあとは切ないような哀しいような不気味なような、なんともいえない気持ちになってしまう。選考委員全員一致で決まった受賞作である。どうか読んでいただきたい。
 そして日本ファンタジーノベル大賞を今後もよろしく。
 「今年も作品をお待ちしております」


 日本ファンタジーノベル大賞2018
 http://www.shinchosha.co.jp/prizes/fantasy/


 

太陽の塔 (小学館クリエイティブビジュアル)

太陽の塔 (小学館クリエイティブビジュアル)


 あの岡本太郎の「太陽の塔」についての大百科。インタビューや写真、製作過程など盛りだくさんの内容である。森見登美彦氏のエッセイ「太陽の塔は『宇宙遺産』」が再録されている。
 太陽の塔が地上へ降り立ってから約半世紀。
 内部公開の一般予約も始まったようである。
 http://taiyounotou-expo70.jp/


 ついでに。
 太陽の塔が「なんとなく好きだ」という理由だけで、勝手に京都へ持ってきた登美彦氏の第十五回日本ファンタジーノベル大賞受賞作も読んでいただければ幸い(京都に太陽の塔はありません)。

 
 

太陽の塔 (新潮文庫)

太陽の塔 (新潮文庫)

 

「ペンギン・ハイウェイ」劇場アニメになる

 
 ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)


 公式サイト http://penguin-highway.com/


 森見登美彦氏の『ペンギン・ハイウェイ』が劇場アニメになる。
 この小説が刊行されたのは2010年のことで、気がつけばもう八年前である。『ペンギン・ハイウェイ』を書いたとき登美彦氏は三〇代になったばかりだったというのに、すでに不惑が迫っている。「四畳半神話大系」「有頂天家族」「夜は短し歩けよ乙女」に続いて四作品目のアニメ化ということで、それはもうたいへんありがたいことである。振り返れば迷走だらけであった三十代、これら初期作品の映像化によって登美彦氏は支えられてきた。
 2010年はちょうどアニメ「四畳半神話大系」が放送された年だった。偏屈な四畳半的世界が意外に注目されているという絶好のタイミングに、わざわざ『ペンギン・ハイウェイ』という毛色のちがう作品を出版して世の戸惑いを招いたことは、登美彦氏の経営的才覚のなさを示す。しかしその『ペンギン・ハイウェイ』が八年も経ってから映画になるのだから不思議と帳尻が合っている。ということは、登美彦氏はあんがい「デキる男」かもしれないのである。
 ともあれ、この映画化をきっかけにして『ペンギン・ハイウェイ』が新たな読者を獲得することを登美彦氏は祈っている。


 石田祐康監督とは二年前の春、ヨーロッパ企画の「ヨーロッパハウス」で初めて顔合わせをした。先日三月一日の記者会見で石田監督と久しぶりに会ったら、なんだかもう別人のように顔が変わっていた。丸い顔が長い顔になっていた。しかも髭モジャであった。
 「知らない間に監督が入れ替わった?」
 登美彦氏は一瞬疑った。しかしすぐに理解した。
 この二年間というもの、石田監督は雨の日も風の日も映画「ペンギン・ハイウェイ」実現のために苦闘してきた。ごつごつの岩が荒波に揉まれてすべすべの石になるように、二年間の苦闘が石田監督の顔を削りとってしまったのであろう。それはあたかも厳しい修行の旅から戻ってきた旧友と再会したような驚きだった。「丸い顔が長い顔になるほどの」努力を重ねて、監督は「ペンギン・ハイウェイ」に挑んでいるわけである。
 たいへんありがたく思いながらも、「どうかお身体を大事にしてください」と登美彦氏は監督に繰り返し伝えた。
 映画の完成まではまだ厳しい道のりが続くのだろう。


 記者会見が終わったあと。
 「大丈夫かなあ。無事に完成するかなあ」
 登美彦氏は有楽町を歩きながら言った。
 かたわらの編集者は微妙な顔つきをした。
 つまりそれは「あなたにはもっと危ぶむべきことがあるでしょう!」ということである。たしかに登美彦氏には他人の作品の完成を危ぶむ資格はない。『夜行』が出版されてからずいぶん経つ。その間、テレビアニメ「有頂天家族2」や劇場アニメ「夜は短し歩けよ乙女」、その他のイベントやエッセイ集『太陽と乙女』の出版によって、「なんとなく活躍している」ように見せかけて世間を欺いてきたが、小説家というものは新作を書かねばしょうがないものである。しかし石田監督のごとく「丸い顔が長い顔になるほどの」努力をしたら登美彦氏はおそらく成仏する。だから成仏しない程度の足取りで、次作『熱帯』完成へと通じる最後の坂を登っている。
 「あとちょっとなんですよ」
 登美彦氏は言い訳するように呟いた。
 『熱帯』の世界から生還したいと願っているのは、誰よりも登美彦氏本人である。