年頭之感


謹賀新年




 実りの少ない一年の「年越し」は切ない。
 自分には年を越す資格がないように感じられ、できることならば2015年の大晦日に立て籠もりたくなる。しかし紅白歌合戦と「ゆく年くる年」の残酷なリレーは、実りない一年を過ごした小人の背を容赦なく小突き、眩しすぎる新年へと押しやってしまう。嗚呼。
 ここに恥ずかしそうにコッソリと年を越した男ありけり。
 名をば、森見登美彦となむいひける。


 登美彦氏の2015年の働きぶりを見れば、その年越しの切なさについては読者諸賢も容易に想像がつくことであろう。
 しかし年末のサヨナラを言いにきた2015年氏はじつにやさしかった。
 「まあ、『有頂天家族 二代目の帰朝』も出たことですしね」
 「しかしそれもずいぶん前の話で」
 「あと、竹取物語の現代語訳もされましたよ」
 そうはいうものの、2015年氏は少し淋しげな顔をしていた。
 彼は登美彦氏が呪われた十周年に終止符を打つことを期待していた。
 しかしその夢は果たされなかったのである。


 昨今の登美彦氏は十周年を延長することに生き甲斐を見いだしたかのごとくだ。あたかも留年と休学を繰り返して「もらとりやむ」を延長し、大いなる助走をつづける偏屈学生のごとし。十周年企画から抜け出すことあたわぬまま、万葉の地で朽ち果てようというのか。ひんやりとした墓石には「十周年から抜け出せず冥途へ転居したる可哀想なヒト」と刻まれるのであろうか。
 そもそも気になることとして、十周年から抜け出せぬうちに十五周年が迫ってくるという「周年挟み撃ち」なる時空のねじれ的現象は、これまでの出版界で観測されたことはあるのか。かくのごとき不名誉な伝説をヒッソリ作ったとて国語便覧に載るでなし、喜ぶ人間はひとりもいない。
 登美彦氏は2015年氏に申し訳なかった。


 「すぎたことですよ」
 2015年氏は鷹揚に笑った。
 「あとは2016年氏に任せましょう。楽しくやってください」
 そう言って2015年氏は去っていった。
 代わりにやってきた2016年氏は筋骨隆々であった。
 「よろしく」と言い、両の拳をごちんごちんとぶつけた。
 腕力にものを言わせて十周年の幕を引くつもりらしかった。
 「明けましておめでとうございます」
 登美彦氏はそう言いながら、
 「そうは問屋がおろさんぞ」
 と腹の中で思ったのである。


 ところで一月には森見登美彦氏が現代語訳をした竹取物語が出る。
 
 

 それにともなって、下記のようなイベントがあるという。
 登美彦氏も万葉の地からもぞもぞ這い出していく。
 「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」第?期刊行開始記念イベント
 森見登美彦×川上弘美×中島京子×堀江敏幸×江國香織
 http://www.kawade.co.jp/news/2015/12/116.html


 あと、下記では登美彦氏の短い小説がちびちびと掲載されるらしい。
 題して「或る『四畳半日記』伝」
 お時間のある方はぜひどうぞ。
 コフレ祥伝社WEBマガジン
 http://www.coffret-web.jp/


 本年も宜しくお願いいたします。