「小説すばる」 11月号


ヨイヤマ万華鏡 「宵山劇場」


 遅れて来た女は、小長井の姿に気づいて、「アッ!」と言った。
 「お前か!」と小長井は呻いた。


 山田川敦子は、前年の学園祭におけるゲリラ演劇プロジェクト「偏屈王」の豪腕美術監督であり、あらゆる制止を振り切って、工学部校舎屋上に「風雲偏屈城」を建設した女であった。そしてその溢れ出す支離滅裂なイマジネーションとあまりにも理不尽な采配ぶりによって、小長井を疲労困憊させ、劇団引退に追い込んだ張本人でもある。いわば不倶戴天の敵であった。


 「今度は勝手に燃え尽きないでよね」
 彼女は開口一番そう言った。
 彼はカッとした。
 「燃え尽きるものか!」


 彼はお世辞に弱いことでも知られているが、挑発に乗りやすいことでも知られているのだ。