- 作者: 前野ひろみち,KAKUTO
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万城目学氏の『鹿男あをによし』という小説がある。奈良を舞台にした小説でテレビドラマ化もされた。このドラマによって、「近鉄電車がテレビに映ると妙に嬉しい」ということを登美彦氏は学んだ。
『鹿男あをによし』は登美彦氏を「京都」へ封じ込めた作品でもある。
かつて万城目氏は「森見登美彦氏は京都を焼け野原にした」と述べたが、登美彦氏が左京区を中心に暴れまわる内弁慶のゴジラのような立場へ追いやられたのも、万城目氏が『鹿男あをによし』の奈良を皮切りに、『偉大なるしゅららぼん』では滋賀を、『プリンセス・トヨトミ』においては大阪を、先手を打って封じたからである。
みごとな戦略というべきであった。
しかし「奈良」は登美彦氏の出身地でもある。
万城目氏に生国を盗られたままにしておいてよいのか。それはあまりにも不甲斐ないというものではないか。
「だが今は雌伏のときだ」
登美彦氏はそう思った。
「『鹿男あをによし』のほとぼりがさめたら奈良に金字塔を打ち建てよう」
そんな夢を見ながら登美彦氏はのんびりしていた。何も慌てることはない、と思っていた。なにしろ奈良なのだから。古事記的時間が流れているのだから――。
そこへ『ランボー怒りの改新』がやってきた。
「ベトナム帰りのランボーが大化の改新を暴力的に促進する」
その常軌を逸したコンセプトを聞いたとき、
「前野ひろみち氏に先手を打たれた」
と登美彦氏は悟った。
表題作「ランボー怒りの改新」ほか、「佐伯さんと男子たち」「ナラビアン・ナイト」「満月と近鉄」という短編群によって、前野氏は「奈良の本質」を描き切ったのである。『ランボー怒りの改新』が存在する今、登美彦氏が奈良について書くべきことは何もない。打ち建てるつもりだった金字塔は夢と消えた。『ランボー怒りの改新』こそ金字塔である。
「……まことに遺憾だが傑作と認めざるを得ない」
登美彦氏は呟いて映画館へ出かけた。
映画館ではゴジラが東京を焼き払っていた。