『熱帯』(文春文庫) 9月1日発売

熱帯 (文春文庫)

 はやいもので単行本の『熱帯』が出版されてから千夜が経つ。

 というわけで『熱帯』が小型化される。

 いつも登美彦氏の言っていることだが、「大きなものと小さなものを揃えるのは紳士淑女のたしなみである」。田中達也氏による美しいカバーが(小さくなってしまったとはいえ)文庫版でも同じであるのが何よりも喜ばしい。近年まれに見るほどのギチギチに詰めこまれた活字は、この長大な作品をなんとか一冊におさめようという涙ぐましい努力の結果である。500ページを超える文庫本は分厚いステーキのようで、いかにも滋養がありそうだ。この作品の特殊な性質からして、二分冊にするなどという「甘え」は許されなかったのである。

 『熱帯』は登美彦氏自身もそうと認めざるを得ない問題作であり、賛否両論あったのも当然のことだろう。しかし成功するアテがあろうがなかろうが、小説家には敢えて問題作に挑まねばならぬときがある。こればかりはどうしようもない。しかしあまりにも『熱帯』が怪作になってしまったため、登美彦氏は今作を書き終えたあともその世界から脱出できず、いわばリハビリとして『四畳半タイムマシン・ブルース』を書いたようなところもあるのだった。そしてこの熱帯的世界からの本当の脱出は、次作『シャーロック・ホームズの凱旋』によってようやく成し遂げられる(はず)。こんな怪作を書くのは一生に一度でありたい。

 購入された方は特典として、登美彦氏による「わたしの熱帯」という文章を読むことができる(詳細は内山ユニコ氏のイラストに飾られたステキな帯を参照すべし)。この文章は、かつて登美彦氏が小説家の深緑野分氏に千里阪急ホテルの喫茶室で語った「夢の話」にもとづいている。その不思議な夢は『熱帯』の謎と通底しているような気がしてならないのだが、読者のみなさまはどう読まれるだろうか。