『ペンギン・ハイウェイ』(角川書店)



 ぼくはたいへん頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強するのである。
 だから、将来はきっとえらい人間になるだろう。
 ぼくはまだ小学校の四年生だが、もう大人に負けないほどいろいろなことを知っている。毎日きちんとノートを取るし、たくさん本を読むからだ。知りたいことはたくさんある。宇宙のことに興味があるし、生き物や、海や、ロボットにも興味がある。歴史も好きだし、えらい人の伝記とかを読むのも好きだ。ロボットをガレージで作ったことがあるし、「海辺のカフェ」のヤマグチさんに天体望遠鏡をのぞかせてもらったこともある。海はまだ見たことがないけれども、近いうちに探検に行こうと計画をねっている。実物を見るのは大切なことだ。百聞は一見にしかずである。
 他人に負けるのは恥ずかしいことではないが、昨日の自分に負けるのは恥ずかしいことだ。一日一日、ぼくは世界について学んで、昨日の自分よりもえらくなる。たとえばぼくが大人になるまでは、まだ長い時間がかかる。今日計算してみたら、ぼくが二十才になるまで、三千と八百八十八日かかることがわかった。そうするとぼくは三千と八百八十八日分えらくなるわけだ。その日が来たとき、自分がどれだけえらくなっているか見当もつかない。えらくなりすぎてタイヘンである。みんなびっくりすると思う。結婚してほしいと言ってくる女の人もたくさんいるかもしれない。けれどもぼくはもう相手を決めてしまったので、結婚してあげるわけにはいかないのである。
 もうしわけないと思うけれども、こればかりはしょうがない。


 森見登美彦氏の第10子が誕生する模様であることをここに報告する。5月30日に書店に並ぶということであるが、地域によっては多少前後するそうである。くまおり純さんの手になるイラストがのったカバーは、登美彦氏が鼻血を出しかけたほどの美しさである。


 『四畳半神話大系』が、湯浅政明監督と上田誠氏をはじめとするスタッフの方々の創意工夫と声優の方々の喉から血が出る苦闘によって、原作者ですら毎週毎週一瞬たりとも目が離せない奇想と情熱に充ち満ちた畏るべき活動漫画として日本全国に放映されている昨今、「四畳半作家」としての森見登美彦氏の知名度が若干なりとも上がりつつある昨今、あえて「京都」とも「腐れ大学生」とも明白に無縁な作品を出版することは吉と出るか凶と出るか。


 「できれば吉と出てほしい」
 登美彦氏は手を合わせてつぶやく。


 彼が新地平を切り開けるかどうかは、この一冊にかかっている。