森見登美彦氏、能登半島をうろうろする。


 クリスマスがあと一ヶ月に迫った。
 「来るべきときに備えよ!」
 登美彦氏は言った。

 
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 指をくわえて週末を待つうちに、時間はあっという間に流れ去る。 
 週末を四回くりかえすと一ヶ月が終わる。
 それを十二回繰り返すと一年が終わる。
 少年老いやすく学成りがたし。
 努力をしていない場合、ますます学成りがたいのは言うまでもない。
 しかも登美彦氏は、すでに少年ですらないのだ。
 いつの間に?
 髪を乾かすときには額の生え際の後退をまざまざと見せつけられ、 
 「ああ!嫁をもらったあかつきには、『あなたが眩しいのよ!』『乱反射してテレビが見にくいのよ!』とポテトチップスをばりばり喰う妻に虐げられるかも!」
 というようなことを想像して、
 ぞくぞくせざるを得ない三十路間近の男なのだ。
 「三十路がなんだ。どんとこい」
 登美彦氏はつよがりを言っている。
 それにしても時間が流れるのは早い。
 日誌を更新していないと、いっそう早いのである。


 二○○八年、登美彦氏は右往左往していた。
 第七子、第八子、第九子のもとはできた。
 しかしそれはあくまで「もと」であって、とても巣立てる状態ではない。
 「せめてもう少し育ててやらんと!」
 登美彦氏は非力ながらできるだけのことをしようとする。
 二○○八年に生まれた子があの問題児『美女と竹林』のみ、という事態になることを、登美彦氏はそこはかとなく恐れるところなきにしもあらずであったが、けっきょくそういうことになったので諦めた。「それもまたよし!」
 「そんなことでいいのか!」
 と言う人もあろう。
 登美彦氏はその貴重な意見に耳を傾ける。
 しかし傾けるだけなのである。


 第七子をできるだけ立派な子に育ててやるために、登美彦氏は能登半島へ出かけた。
 すでに紅葉も盛りを過ぎ、
 もちろん海水浴シーズンでもない。
 能登半島の先っちょは、登美彦氏の想像を上回る淋しさであった。
 「期待通りだ!」
 その淋しさに耐えるのもまた、我が子のためである。
 淋しければ淋しいほど、我が子はたくましく、そして愛嬌ある子に育つであろう。
 登美彦氏は恋路海岸に立ちつくし、ハート型モニュメントの鐘を鳴らし続けた。
 巻き添えを食った編集者の方々も鳴らし続けた。
 「きっと完成させてみせるから・・・」
 登美彦氏は日本海(あるいは編集者?)に向かって誓うのであったが、
 とはいえ、もはやあまり時間は残されていないのである。
 本当にタイヘンなのである。


 京都へ帰ってきて机に向かいつつ、登美彦氏は思い出す。
 「そうだ。二○○八年は『美女と竹林』だけではなかった」
 登美彦氏にとって、現時点における最大の可愛さ爆弾、文庫版『夜は短し歩けよ乙女』が、出版に向かって二足歩行ロボット的によちよち歩きながら進んでいるのだ。
 「がんばれがんばれ!」
 登美彦氏は応援している。