森見登美彦氏は不思議な噂を耳にした。
『美女と竹林』の表紙にある緑色の竹の部分をこすると、うっすらと竹の香りが漂うらしい。
そして、こすった人は例外なく、洛西の竹林に行ってみたくなるという。
各出版社の編集者の人たち、そしてあの万城目学氏も、ひそかにこすっているらしい。
「はて?」
登美彦氏は首をかしげる。
「そんな仕掛けがあったっけ?」
表紙にある緑の竹は桂にある竹専門の問屋が不要竹の再利用のために京都大学工学部と共同開発した粉砕竹チップを練り込んだ特殊塗料を使用しているので竹の匂いがする―というような前代未聞の驚くべき仕掛けを鱸氏が企んだのであろうか。
そんな暇があったのであろうか。
そしてそれを登美彦氏にも黙っているということがあり得るのであろうか。
「おのれ鱸氏!」
登美彦氏はぷつぷつ呟きながら、『美女と竹林』の表紙をこすっている。