「小説すばる」 8月号


ヨイヤマ万華鏡 「狂言金魚」


 掛川は「超金魚」を育てた男として名高い。
 超金魚とは、なにか。
 俺たちは奈良の出身だが、出身高校がある町は古くから金魚の養殖業が盛んで、父が住職をやっている寺のそばにも藻の浮いた養殖池が広がっていた。本堂の裏手にあたる板塀の下に古い水路が走っていて、どういう手をつかって逃げ出したものか、金魚が紅い花びらのように漂っているのを見かけた。
 高校一年の夏休み前、どこかへ出かけた帰りに通りかかると、その水路にかがみこんでる人間がいて、それが掛川だった。学校ではあまり言葉を交わしたことがなかったけれど、あんまり熱心にやっているので、思わず自転車を止めて声をかけた。境内から塀を越えて張り出した木々が水路に影を落としていて、俺を見上げる掛川の顔は木漏れ日にまだらに染まり、それが夏休みの小学生のように見えた。なんだか知らんが、やけに楽しそうなのである。
 「藤田君かあ」
 掛川はいつものように「君」づけで俺を呼んだ。「・・・金魚をね、すくってるんだけどね」
 「なんで?」
 「鍛えようと思って」
 普通ならばそこで「今後なるべく疎遠になろう」と思うだろう。高校生にもなって金魚すくいに精を出して、しかも「鍛える」とか言っている人間はあんまりよくない。案配がよくない。雲行きがよくない。彼独自の世界に俺の居場所はなさそうだ。